日本語学習者の日常のストーリーから考える・話し合う ―

澤 邉 裕 子 (日本文学科 教授)

私の専門は日本語教育学で、普段は日本語教員養成関連の授業を担当しています。その授業の中で、さまざまな日本語の教材を学生に紹介したり、分析したり、それをもとに話し合ったりしていますが、今回はその中で「日本語学習者の日常のストーリー」に触れることができる注目の日本語教材を2つ取り上げ、皆さんにも紹介したいと思います。

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1つ目は、『4技能でひろがる中級日本語カルテット』(坂本正監修、安井朱美・井出友里子・土居美有紀・浜田英紀著、The Japan Times)です。公式WEBサイト(https://quartet.japantimes.co.jp/)に教材紹介動画などがあるので、詳しくはそちらをご覧いただきたいと思いますが、この教材は、「読む」「書く」「話す」「聞く」の4技能をバランスよく伸ばしながら、上級レベルへの成長を目指す総合日本語教科書です。この中に「日本語学習者の日常のストーリー」がどのように、どこに入っているのか、ですが、聴解の練習問題の中に「アメリカ人留学生から見た日本」など、いろいろな国から来た留学生の実際の話をもとに作られたお話がたくさん入っています。もちろん、聞き取り問題として著者の先生方が作ったものなので、日本語の語彙や表現、文型などは中級レベルに合わせて変えられていますが、内容は日本語教育の現場で聞いた留学生の声をもとに作られており、とても興味深いものになっています。例えば、「コンビニやスーパーで、『こんにちは』と店員から挨拶をされて、『こんにちは』と返したら店員に変な顔をされた。周りの日本人は何も挨拶をしていないようだ。挨拶をされたら、挨拶を返すのがいいと思うが、みなさんはどう思いますか」のような留学生の素朴な疑問から発した問題提起などが出てきます。日本語教員養成課程の授業でも、この部分を学生たちに聞いてもらって、自分はどうか?どうしてそうするのか?など個人レベルで考えるとともに周りの人の意見を聞き、日本社会を客観的な眼差しで、クリティカル(批判的)に考える時間を設けています。

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2つ目は、『わたしたちのストーリー』(八木真奈美編著、ココ出版)です。「話す・考える・社会とつなぐためのリソース」という副題がついている通り、いわゆる語彙、文型の知識や技能の習得を目指した日本語教科書とは大きく違う目的をもったリソース型教材です。

リソース型教材というのは、あくまでも「リソース(素材)」として学習用にまとめたものです。教科書の1課から順々に体系的に学ぶことを目的としてはおらず、それぞれの課の内容が独立していてどこからでも、使いたいところを使っても良いという柔軟性を持つものとなっています。

この教材の大きな特徴は、学習者が実際に話したストーリーが書かれていることです。著者の八木真奈美さんも「本書の目的」で「これらのストーリーを読んでいくと、ことばの学習というのは、生活、家族、社会、経済、政治、そして人生の中に埋め込まれていることがわかります」と述べています。この「埋め込まれていることばの学習」というのがポイントです。学習者は、ストーリーを読んで、気になることばを見つけたら、自分にとって大切なことばや文をピックアップし、それをノートに書き、他の学習者の方や日本語学習支援者に聞いたり調べたりします。そして、「ストーリー」を読んで感じたことを周りの人と話し合い、自分と社会の関係を考えるという活動をします。例えば、日本に住み始めて感じた習慣の違い、病気になって困った経験、漢字の学習についてなどなど、日本に移住してきた多様な学習者の日常のストーリー」は、新しいことばを獲得するだけでなく、学習者と日本語学習支援者がともにクラス社会について考えるための大切な素材となることを示してくれます。

「わたしたちのストーリー」サポートWEBサイト(https://cocopb.com/watashitachi/home.html)には、中国語、韓国語、ベトナム語、英語の翻訳版ストーリーがあるので、日本語で読むのが難しい場合にはこちらを活用することができます。

 

日本語教員養成課程の授業では、日本語学習者の日常のストーリーが持つ力について考えるとともに、ことばについて学び、社会について考えるための教材の可能性についても考えていきます。これは、新しい学習のアプローチだと考えています。今後、学生たちにも学習者一人ひとりの実際の声を聞き、それらをストーリーとしてまとめ、自分たちの学習のためのリソースを作成する作業に挑戦してほしいと思っています。

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