お散歩しながら言葉について考えてみませんか。
堀 田 智 子(日本文学科 准教授)
この春、入学、進学された皆さん、おめでとうございます。日差しが心地よいこの季節、お買い物したり、お散歩したり、街歩きを楽しんでいる人も多いのではないでしょうか。目的もなくぶらぶら歩いていると、見慣れた風景の中に小さな発見をして驚かされることがあります。今日は、日常生活をさらに楽しくしてくれる「言語景観 (Linguistic Landscape)」についてご紹介します。
言語景観は、ことばと社会との関わりに注目する社会言語学で扱われる研究分野の一つで、「公共空間にあり、不特定多数に向けられている、受動的に視野に入る書き言葉」を指します(磯部 2020: 3)。街の看板や掲示物、ポスターなどを観察し、使われている言語や文字、表記、語彙などを調べてみると、その地域の言語環境や人々の意識、社会的背景などをうかがい知ることができます。
私が特に関心を寄せているのは、注意喚起表示です。
写真1「とまれ」
写真1は、名取駅周辺で撮影しました。上部に、赤い背景に白字で「とまれ」と横書きで書かれています。その下には、顔を左右にふるカエルのイラストがあり、そのわきに「みぎをみて」「ひだりをみて」と縦書きで書かれています。全ての文字がひらがななので、小さな子どもでも分かりやすいですね。ただ、縦書き表記に慣れていない外国人にとっては、少し難しいかもしれません。
写真2 「盗難に注意!」
写真2は、名古屋から仙台に向かうフェリーでの一枚です。最上部に赤字で「盗難に注意!」とあり、「貴重品はロッカーに!」「鍵は手首に!」と続きます。横書きで具体的に説明がなされ、鍵のイラストもあります。しかしこの掲示も、メッセージの受け手によっては正しく理解されない恐れがあります。誰もが盗難被害に遭わないようにするためには、どうすればいいでしょうか。例えば、「貴重品(きちょうひん)(お金(かね)や携(けい)帯電話(たいでんわ)など)はロッカーに入(い)れましょう!」のように、漢字の上にふりがなをつける、具体例を示す、述部を略さずに書く、などと少し工夫すると、分かりやすくなります。
注意喚起表示と一口に言っても、使われている文字や語、表現は多岐にわたります。幼少期から日本語に囲まれて育った人たちにとっての「当たり前」は、「当たり前じゃない」かもしれません。みなさんも、道すがら掲示物を観察してみてください。いつもと違う視点で見てみると、新たな気づきを得られるかもしれません。
参考文献:磯野英治 (2020). 『言語景観から学ぶ日本語』大修館書店