変体仮名から『光る君へ』
日本文学科副手室
今回のエッセイは日本文学科副手室からお送りします。
皆さま、大河ドラマ『光る君へ』はご覧になっていますか。
「第21話 旅立ち」でついに清少納言が『枕草子』を書き始めました。清少納言と中宮定子のエピソードが以前から大好きでして、ドラマではどのように描かれるのか大層気になっておりました。 (2013年に出版された冲方 丁さんの『はなとゆめ』という歴史小説、とても読みやすく面白いのでお勧めします。清少納言の話です)
ドラマで清少納言の美しい文字が映し出された画面。
おそらくほとんどの方はそのままご覧になられたでしょう。自分は凝視しました。
なぜならそこに変体仮名があったからです。
変体仮名とはすごく簡単に言ってしまうと昔のひらがなのことです。
漢字をくずして生まれたのがひらがなですよね。たとえば私たちが今使っているひらがなの「あ」。元の漢字は「安」です。「安」をくずしていき「あ」となりました。そう言われてみれば「安」と「あ」、どことなく似てますよね。この元になった漢字のことを「字母」というそうです。
ところが昔は「あ」=「安」だけじゃなかったんです。
「阿」もありました。なかなか出会えない変体仮名ですが「愛」もあります。どちらも「あ」です。それぞれくずして用いられました(くずし字)。
つまり「あ」は一つではなく複数ありまして、それらを変体仮名と呼んだそうです。
伝聞調で歯切れが悪いのは、自分が専門家ではなくしかも英文学科出身の事務職員(副手と呼ばれています)だからです。言ってしまえば素人です。
変体仮名については本を読んで学び、まだまだ勉強中です。残念ながらかな書道の経験もなく、日本文学科に入学して学び直したいくらいです。
そう強く思うほど、変体仮名の沼にはまっています。
ドラマで清少納言が書き始めた『枕草子』。
ここに画像を貼るわけにはいきませんので、ぜひ『光る君へ』のInstagramをご覧ください。
春はあけぼのと書かれていました。有名な書き出し部分ですが……..思わず凝視。
春はあけぼのの「ぼ(ほ)」。美しい変体仮名でした!!!!
明治33年に出された「小学校令施行規則」により変体仮名はこの世からほぼ消え去りました。
読める人も少なく、読めなくても生きていけます。ですが私は読んでみたいと思いました。
それでは下の画像をご覧ください。
塩釜市で撮影しました。行ってみたかった老舗のお団子屋さん「おさんこ茶屋」さんです。
思わず先にネタバレをしてしまいました。
「おさんこ茶屋」さんです。お店の暖簾の上部分をご覧ください。お店の名前が変体仮名で記されています。「おさんこ茶屋」と読みますが、今のひらがなの形ではない文字が含まれていることにお気づきですか?
「おさんこ」の「さ」と「こ」。特に「こ」は読めませんよね。
少し詳しくみてみます。
写真の「さ」。読めなくはないのですが、でも違和感を感じませんか。今のひらがな「さ」とは形が異なりますよね。
この「さ」ですが、元になった漢字(字母)は「左」で、「左」をくずしていくとこのような形になります。現在使われているひらがなの「さ」の元になった漢字でもあります。
そして「こ」です。読めませんでしょう。
見方によってはカタカナの「ホ」と思う方もいるかもしれませんね。
こちらもまた変体仮名になりまして、字母は「古」です。そう言われれば「古」に見えてきませんか…….? 「古」をくずしていくとこのような形へとなるわけです。
この勢いで暖簾もどうぞ。暖簾にも読めない文字がありますよね。
少しめくれた部分に「五色」という文字。ではでは…….. 次はどうでしょう?
「おさんこ茶屋」さんは老舗のお団子屋さんでした。ということはまさか「だ(た)」?
正解です!
では元になった漢字わかりますでしょうか。なんとなく名残がありますが「多」なんですよ。しかも濁点付き。先にご紹介した変体仮名も再び使われ、「多(濁点付き) ん 古(濁点付き)」すなわち「だんご」と読み切りました。
この読み切った時の達成感を皆さんにも味わって欲しいと思っています。
読めなくてもいいんですが、読めたらちょっと嬉しい。しかも読み切った!という達成感を感じることができちゃうんです。達成感、大事ですよ。
この世からほぼ消え去ったはずの変体仮名がこうしてお店の看板や暖簾に今も使われている。
うなぎ屋さんやお蕎麦屋さんに行けば今でも変体仮名に出会うことができ、京都はきっと変体仮名に溢れている。
和菓子と変体仮名の相性はとても良く、老舗のお店ほど変体仮名を用いている――――――――
今も生き続ける変体仮名にロマンを感じ、もっともっと変体仮名に出会いたいと思いました。
毎日のように変体仮名を探し続ける様子に少しでも興味を持ってくださった方は、日本文学科のInstagramを見ていただけると嬉しいです。
Instagramでくずし字(変体仮名)調査行っています。フォローしていただけるとさらに嬉しいです。
*くずし字調査Instagram(日本文学科Instagram):@miyagaku_nichibun
長くなりましたが、最後に自慢話をお披露目させてください。
このくずし字(変体仮名)アカウントですが、なんと雑誌に掲載していただきました。芸術新聞社さんの書道専門誌『墨』286号(2024年1・2月号)のコラムで取り上げていただいたんです。Instagramを通して出会ったかな書家の伊地知紀子先生のご紹介で、インタビューを受けることになりました。奇跡ですね。駆け出しのアカウントでしたのでとても緊張しましたが本当に良い経験となりました。伊地知先生には大変感謝しております。そしてこういったSNSで繋がるご縁を大切にしていきたいと思いました。
(画像:芸術新聞社さんの書道専門誌『墨』286号(2024年1・2月号))
【参考文献と読書案内】
中野幸一・財前 謙 編『検定 変体がな』(武蔵野書院、2012年)
児玉幸多 編『くずし字用例辞典 普及版』(東京堂出版、1993年)
筒井茂徳 編『携帯かな字典』(角川書店、1984年)
『墨』286号(2024年1・2月号)(芸術新聞社、2024年)
冲方 丁『はなとゆめ』(角川書店、2013年)