風のなかにことばを探して―その3―

志 村 文 隆(日本文学科 教授)

風の名前を追いかけて、北海道函館からはずいぶん離れた沖縄の伊良部島へとやってきた。ほぼ日本列島の両端だ。気温差も大きい。この島では近年すっかり珍しくなった、アギヤーと呼ばれる伝統的な潜水追い込み漁が周辺の浅瀬付近などで行われている。漁師たちは海に潜って網を張り、そのまま泳ぎながら魚を追い込んでゆく。風をしっかり読まないとたいへんなことになる。

船団のリーダーにあたる漁師から話を聞いてみる。北から時計回りにニヌファカジ・ニスカジ・トゥラヌファカジ・ンマヌファカジ・ウリカジ・ハイカジ・サイヌファカジ・キタカジ・イーカジというように、風向ごとにたちまち9つもの風の名前があがってきた。

十二支を利用した「ニ(子)」「トゥラ(寅)」「ンマ(馬)」「サイ(申)」などのことばが含まれているほか、ニス〈北〉やハイ〈南〉など、次第に使われなくなってきた方言が、いわば職業語としていきいきと使われている。函館の例と同じように、風向きの変化をつかむ回り順が、ここでは「カジマーイ(風廻り)」ということばで用意されている。漁師たちは強風のイーカジが来ることを第一に警戒する。イーカジマーイ〈北西風イーカジに向かう通常の時計回りの風廻り〉やブダシツ〈急に風向が逆転してイーカジに向かう風廻り〉などと呼ばれる。

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何人にも話を聞いていくうちに、仕事道具として使われる、風名のカプセルの内側が見えてきた。先人たちの培ってきた経験がぎっしりと詰まっている。漁師たちが「風を読む」というのは、風の発生や展開を予測した緻密なストーリーを追っていることにも気づかされる。

風の名前という道具の形や種類は、仕事の安全と豊漁を約束するように作られて受け継がれてきた。そこに生活する者の関心事が、生活に必要なことばを育て、風のなかにことばの森を組み立ててきたと言える。近年では天気予報の精度も高まり、船の機械化も進んだが、ことばの持つ力は依然として強いようだ。こうしたことばは、これからどのように受け継がれていくのだろう。ことばがもし消えていくとすれば、いっしょに見えなくなってしまうものもありそうだ。それはいったい何?

風の話を聞いているうちに、すっかり長居をしてしまった。漁師は夜明け前から忙しい。話を聞く時間は夕方や夜になることもある。

「ありがとうございました」。挨拶をした玄関からすぐの坂道を下りはじめると、正面に海をはさんで宮古島が見える。遠くの岬から灯台の光が駆けてくる。島の人のあたたかい心に今日も触れることができた。

この時間、製糖工場の煙突はもう見えないか?今日教わったことばを使って、あの煙をなびかせていた風の名を呼んでみたくなった。明日の朝、宮城へ帰る前にもう一度見上げていこう。

 

参考:志村文隆「風と天候の方言語彙」小林隆編『方言の語彙-日本語を彩る地域語の世界-』朝倉書店、2018

(写真:筆者撮影)

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