【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の25

【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の25

深 澤 昌 夫(日本文学科 教授)

皆さんは、画中の猫のいずれが玉で、いずれがおミケなのか、お分かりだろうか? 残念ながら、筆者にはまったく見分けがつかない(笑)。

おそらく作者は、猫の性別も、キャラクターの描き分けもあまり意識していないのではないかと思われる。

が、この双六を「玉を主人公とする猫の一代記」として眺めれば、たぶん舌を出してペロペロと首筋をなめているのが玉で、大人しくなめられているのがおミケだろう。

なぜって? 勝手に疑って、勝手に怒って、喧嘩のもとを作っていたのは玉だからである。だから、謝るのも玉でなければならない。

とはいえ、「雨降って地固まる」のたとえの通り、誤解が解ければ、二人は元来相性もよし。玉はお詫びのしるしにミケに魚の骨などを贈り、両者、無事に仲直りをしたようである。

この「仲なおり」は、たんに仲違いしていた者たちが和解した、というだけでなく、この後の展開、特に「うなぎめし」のコマを見ると、玉とおミケが夫婦として結ばれた、ということを意味している。

ふりかえれば、双六冒頭「ふり出し」において、生まれたばかりの仔猫(おそらく玉)を母猫が「きれいにしてやりましょう」と言ってなめていた。作者はそれを、母子の間のうるわしい愛情表現として描いている。

今また玉は、仲直りのしるしとして、かつて自分がそうされたように、伴侶となったおミケの毛をなめている。作者を含め、私たちはそれもまた、猫たちの愛情表現だと考える。

基本的に単独行動を好み、他の猫と群れることをよしとしない猫たちではあるが、多頭飼いをしている場合など、猫同士でなめあうことがある。
これを「アログルーミング」という。これは猫同士の仲間意識や親愛の情など、広い意味での愛情表現の一種と考えられている(なお、猫同士のなめあいはオス同士では見られず、オスとメスもしくはメス同士で行われる)。

 

<其の26へ続く>