【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の20
深 澤 昌 夫(日本文学科 教授)

猫の玉が行水をしている。
さっきも足を洗っていたけれど?
いや、それは家の中に入るためのマナーであった。が、この行水の図はそれとも違うようだ。
猫は傍らの木に浴衣を引っかけ、手桶でたらいに水を張り、腰まで水につかって、上手にからだを洗っている。
江戸時代当時、一般庶民の家には内風呂はなかった。長屋住まいの人々は基本的に銭湯に行くか、庭などにたらいを置き、家の外で行水をして汗を流した(なお、江戸~明治期のおもちゃ絵では銭湯のことを「温泉」と呼んでいるものが多い)。
水はどこから汲んでくるのか? 江戸の町には方々に井戸があった。幕末、優に百万人を超える人口を抱えていた巨大都市・江戸は、それだけの人口を支えるために水道(上水道)が整備されていたのである。
日本人は基本的に風呂好き、温泉好きで、清潔感を大切にする国民として知られている。
猫もまた「きれい好き」で知られているが、さすがに、彼らには風呂に入ったり、行水したりする習慣はない。
では、なぜ玉はここで行水しているのだろうか?
(なぜ作者はここで猫に行水させる必要があるのだろう?)
これはたぶん、このコマだけ見てもよくわからない。むしろ、これ以降、主人公がどのようなストーリーを辿っていくのかを考えると想像がつく。
玉はこれから、どこかにお出かけするつもりなのだ。
玉は外から家の中に入る時に足を洗い、また外に出て行くために行水をして身ぎれいにしている。
どちらも「水」を使った日本人の生活作法だが、それによって、これまでの経緯をいったんリセットしている点が興味深い。
<其の21へ続く>
