いまこそ「よむ本」:ホハレ峠―ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡
2020.07.29
学芸学部日本文学科 九里 順子 教授 [教員プロフィール]
日本最大と言われた徳山ダム(2007年完成)建設のために湖底に沈んだ岐阜県の旧徳山村。タイトルはその徳山村と隣の坂内村を繋ぐ峠(標高約814m)の名前です。かつて、村の人々は農産品を背負ってこの険しい峠を越え、あるいは滋賀県まで出稼ぎに行きました。外と交わる生活の道だったのです。
本書は、表紙カバーの女性、廃村になっても最奥の門入(かどにゅう)地区に残って暮し続けた廣瀬ゆきえさんの軌跡を、聞書きと関係者の取材によって記したものです。まだ20代だった著者が門入のお年寄り達と出会い、その暮らしぶりに魅せられて、20年に亘って付き合った中からこの書は生れました。
かつてここにあったのは、金ではなく山の恵み、土地の恵みによって生きる暮しでした。しかし、戦後に王子製紙による山の伐採、続いて中部電力によるダム建設計画が持ち込まれ、村の空気が変わっていきます。移転地で「徳山村の価値は現金化され、後世に残せんようになったんや。」と語るゆきえさんの言葉は重いです。資本の力が代々受け継いできた暮しを押しつぶしてしまい、金で買えない暮しが失われていったのだと痛感します。それは、一つの価値観に席捲されていった戦後日本の姿でもあります。この本は、生きるとは何か、社会とは何かを私達に問いかけています。