教員のリレーエッセイ:英文学科 教授 吉村典子

18世紀英国文化「謎解き」の旅
―イェール大学から宮城学院女子大学へ―

英文学科教授・吉村典子です。英国の美術・建築・デザインの歴史を専門とし、本学では英国文化の授業を担当しています。このたび米国イェール大学からの招きで、同大学の英国美術研究所(Yale Center for British Art:以下YCBAと表記)で研究員として約3カ月間過ごしました。YCBAは、北米最大の英国美術コレクションを有し、私は20世紀美術研究を担当しました(アメリカでの公開講演会についてはこちら)。

一方、YCBAには、本学の授業で紹介してきた16世紀から19世紀の美術作品を収蔵しており、この機会に実物を見せていただくことにしました。このエッセイではその中から18世紀の作品について紹介します。なぜなら、本学英文学科生が、イェール大学で「謎」となっていたことの解明に重要な役割を果たしてくれたからです!

その作品は、英国で1750年頃に描かれた肖像画《ヒル夫妻》(図1)です。この絵には人物のほか、服飾、インテリア、嗜好品等が描かれているため、当時の風俗や生活文化を読み取ることができる資料として、本学の授業でたびたび取り上げてきました。例えば、テーブル上の茶道具は、茶が中国から入り、上流階級の間で享受されている様子を知る手掛かりになります。

新大陸から入ってきた砂糖も同様です。茶事に使う砂糖挟みも、当時様々なものがヨーロッパで作られていました(図2)。そして、この肖像画のヒル夫人が手にもつ器具は「砂糖挟み」と伝えられていました。しかし、YCBAで実物を見ると、美術書の図版では見えなかった、1本の糸が夫人の左右の手の間にあることに気づきました(図3)。実見に立ち会ってくれたYCBA学芸員と18世紀美術専門家との3人で、実際に「糸」が描かれていることを確認し、「謎解き」がはじまります- 夫人の右手に持つ器具は何か?

帰国して、本学の授業で拡大写真を見せると、受講生の佐藤美紅さんが「タティングではないか」、「自分は幼い時にしたことがある」と申し出てくれたのです。となると、夫人が持つ物は、そのための器具になります。確かに、糸を巻きつけた編物用器具のシャトルに形はそっくりです。早速、近隣の手芸店に行き、シャトルと糸を購入し、佐藤さんに実演をお願いしました(図4)。

そして「タティング」という情報を手掛かりに、‟tatting”,‟18th century”,‟portrait”をキーワードに検索すると、シャトルと糸をもつ、女性の肖像画が次から次へと出てくるのです。そしてすべてが18世紀に描かれたものでした。なかにはマリー・アントワネット(1755-1793)がシャトルと糸をもつ肖像画もあります。こうした事例からも、18世紀肖像画上の女性の典型的な持物と言っても過言ではなく、肖像画の定式の一つであったと位置づけられます。YCBAの《ヒル夫妻》はその一例にあたると言ってもよいでしょう。詳細については、本学『英文学会誌』52号(2024年3月発行)に書きましたので、是非ご覧ください。

このように絵画を通して、当時の文化のみならず、世界史を学ぶこともできます。絵画は、厚さ数センチの平面でありながら、実に奥深い世界を私たちに提供してくれます。その他の例については、こちらのヴィデオも是非見てみて下さい。

 

YCBAで、2度にわたる実見の機会を設けてくれたランフィア(Abigail Lamphier)学芸員と英国ノッティンガム大学のチャン(Ting Chang)教授、そして、貴重な情報を提供してくれた英文学科の佐藤美紅さんに、記して謝意を表します。

◆吉村典子 教授(英文学科)の教員紹介ページはこちら
「英文学会誌」第52号掲載 
教材研究ノート
18 世紀英国文化謎解きの旅(イェール大学から宮城学院女子大学へ)―肖像画《ヒル夫妻》をめぐって―(朱字タイトル名をClickすると研究ノートPDF版へリンクします)