【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の22
深 澤 昌 夫(日本文学科 教授)

身だしなみを整え、おしゃれをして外に出た玉。
さっそく屋根に登って、お相手探しである。
その屋根の上、玉の背後に簀の子を敷いた台が描かれている。これはおそらく物干し台だろう。
さて、屋根に登ってみると、向こうの家の屋根に一匹の猫がいる。玉はさかんに「ごろにゃご、ごろごろにゃご」と呼びかけ、自分をアピールする。
季節は春。猫にとっては恋の季節である。
猫は生後六ヶ月ぐらいで性的に成熟し、繁殖可能になる。ただし、動物学的には、発情期を迎え、大声で鳴きわめくのは本来メス猫なのだが(オスに発情期はなく、発情したメスに応答して発情し、大声を出したりする)、そうすると、玉はいったいオスなのか、メスなのか?
玉の言葉遣いはいかにも粗野で男性的である。ところが、「行水」の絵を見ると、玉の胸に複数の点が打たれている。これは、乳首ではなかろうか?
実はこの双六に登場する猫たちはみな「三毛猫」である。そして「三毛猫」は大半がメスなのである。おそらく江戸時代の人々もそのことは知っていた(だからオスの三毛猫は縁起がいいとされた)。だが、作者はあまりそういう「事実」にこだわっていないようである。
なぜって? そりゃあ、三毛のほうが可愛いし、絵的に見映えがするからである。
ところで、猫の発情は日照時間と関係があり、日照時間が一日14時間を超えると発情期を迎えるという。
これに対して、家畜化が進んだ牛・豚・鶏などは、季節繁殖性が失われ、年中生殖可能となった。これを周年繁殖動物という(人間もまたその同類である)。
しかし、現代は「動物愛護管理法」なるものがあって、飼育されている猫たちの多くは、みだりに増えすぎないように、避妊や去勢手術など不妊治療を施されることになっている。さて、いいのかわるいのか、現代の猫たちは自由な恋愛も許されていないようである
<其の23へ続く>
