【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の14
深 澤 昌 夫(日本文学科 教授)

どこかの家に忍び込み、飯の入ったおはちを開けてとりあえず空腹を満たした玉。泥棒稼業もだいぶ板についてきた。
今度は、さすがに脚気対策というわけではなかろうが、尾頭付きの立派な魚にありついた。
「うまくやった。ここなら見つかるめえ」
どこで覚えたのか、江戸っ子らしい訛りと言い回しも身につけたらしい。
玉が盗みに入った家では、何か慶事があったのだろう。今日の獲物は身の丈ほどもある大きな鯛である。
鯛は、その身も美味なら、その名、その体色から古来縁起物とされ、祝い膳には欠かせない食材として珍重されてきた。
そういえば、七福神のえびす様も片手に釣竿を持ち、鯛を釣り上げてにこやかに微笑んでおられるし、俗に「花は桜木、人は武士、柱はヒノキ、魚は鯛」などともいう。
鯛がこうしたハレの日の魚であったところから、日本橋の魚河岸では、いつ何どき、将軍家や諸大名から注文があってもいいように、「目の下三尺」、すなわち1メートル級の大鯛を、常時生け簀の中にそなえていたという。
さすがに、本図に描かれた鯛はそれほどではないが、それでも「目の下一尺」ぐらいはあるだろうか。けっこうな大きさである。
玉はこの鯛を、誰にも邪魔されないよう、縁の下に引きずりこみ、さあ、これから思う存分堪能しようというところ。
だが、せっかくあつらえた尾頭付きの鯛を、事もあろうに野良猫に持ち逃げされた人々は、たまったもんじゃないだろう。ことに台所を預かる者たちは主人の怒りを怖れて、青くなっているに違いない。
<其の15へ続く>
