【連載】歌川芳藤「膝の上猫の寿古六」(東京都中央図書館蔵)を読む 其の8
深 澤 昌 夫(日本文学科 教授)

案の定。外に出たとたん、玉ちゃんはいきなり犬に吠えられ、追いかけられてしまう。
「あれ、こわいよ/\」 吃驚して逃げ惑う玉ちゃん。
ここまで飼い主のお姉さんや母猫たちの庇護のもと、何不自由なく暮らしてきた仔猫も、一歩外に出てみたら状況が一変。「おんも」は楽しいこともいっぱいあるけれど、予想以上に危険もいっぱいだったのである。
見れば、仔猫を追いかけている犬は首に木札を下げている。当時は番犬代わりに町内で餌を与え、養っている町犬も多かった(むろん放し飼い)というから、あるいはその類かもしれない。
ともかく江戸の町は犬が多かった。俗に「伊勢屋稲荷に犬のくそ」などという。江戸の町に多いもの、やたらと目につくものの譬(たとえ)である。
こういうフレーズは、語呂よく、キリよく、リズミカルで、覚えやすい上に、言いやすい。誰でもちょっと使ってみたくなる。しかも、最後に「犬のくそ」で一気にサゲ、笑いを誘う。
江戸時代はこうした決まり文句それじたいが一種の「芸」になっているところが非常におもしろい。
とはいうものの、正直おもしろがってばかりもいられない。都市の実態として見ると、江戸の町は本当に犬が多く、そのせいであちこちに犬の糞が落ちていて、うっかり踏んでしまったりすると、匂いやら何やらで相当たいへんだったらしい。
(【参考】仁科邦男『伊勢屋稲荷に犬の糞』草思社)
したがって、江戸の町に犬が多いからといって、皆がみな「犬好き」であったかどうかはわからない。何しろ「犬も歩けば棒にあたる」というのだから。
「犬も歩けば」は江戸のいろはかるたの一枚目。その解釈は幸運・不運、両様あるが、放し飼いの犬は基本危険な動物であって、棒で叩かれ、追い立てられることも多かったのだろうと思われる。
<其の9へ続く>
