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みんなどんなレポートを書いているの?
―日本語教育ゼミ3年生のレポート紹介(前編)―
澤 邉 裕 子(日本文学科 教授)
2022年度、3年生の日本語教育ゼミには7名が所属しています。4年生で卒業研究を行う前に、3年生の段階でも自ら日本語や日本語教育に関する問いを設定し、自分でデータを収集して分析、考察するというレポートの作成と発表を行っています。今回から二回シリーズで、日本語教育ゼミの学生たちはどのような問いを持って、何を明らかにしたのかについてそのエッセンスを紹介していきたいと思います。
- 日本語を母語とする小学生の漢字の学習傾向と日本語学習者の漢字の学習傾向の比較(浅野まほさん)
日本は「漢字」「ひらがな」「カタカナ」の3種類の文字が使われている国です。これは、世界的に見ても珍しい言語の特徴です。また、日本語学習者はみな、「漢字の学習が難しい」と口を揃えて言います。学習者が難しいと考える理由は、画数が多いことや読み方が多様であることなどざまざまですが、日本語を母語とする人も漢字の学習を難しいと思っていることは確かです。そこで浅野さんは、日本語学習者、日本語を母語とする人どちらも難しいと感じる「漢字の学習」をテーマにし、両者における学習の傾向を明らかにすることを目的に調査をしました。具体的には、国語教育に関しては小学校の国語教科書、日本語教育に関しては日本語学習者向けの漢字教材を対象にどのような漢字がどの学習段階で提示されているかを調査しました。調査の結果、浅野さんは国語教育における漢字の学習は、義務教育という日本の決められた教育期間で漢字の学習を始めたばかりの生徒でも理解しやすい「象形文字」が第1学年で多く扱われていること、「形声文字」は学年が上がるにつれて学習する字数が増えますが、形声文字が音を表す文字と、意味を表す文字で構成されていることから、音に関する知識や意味に関する知識を知っている必要があるため、中・高学年で学習する字数が多いのではないかと考察しました。一方、日本語学習者向けの漢字教材4冊で扱われている漢字の調査からは、日本語を学習する人は皆同じ目標、同じ目的、同じ環境で学習を行なっているわけではないため、「このような傾向がある」というように1つの傾向を明示することはできないということを発見しました。日本語教育において使用される漢字教材には、日本語レベル、子ども・成人、目的別、漢字圏、非漢字圏学習者向けなどさまざまなものがあり、大切なことは学習者に合わせた教材や学習方法の選択であることを示唆したレポートでした。
- 日本語の表記の多様性(伊東優希さん)
伊東さんは、日本語の語彙の多様性に注目しました。日本語学習者に日本語を学習していて大変だと感じることを聞くとほとんどの学生が「語彙の多さ」と回答することから選んだテーマだそうです。文献で「日本語は語彙の数が多い」ということを読んだ伊東さんは、本当にそうか確認するために、同じ内容のニュース記事の文章を日本語と英語、フランス語で比較してみました。その結果、特に日本語の語彙が多いという結果は得られませんでした。むしろその記事ではフランス語の語彙が最も多かったそうです。そこで伊東さんが考えたのは、日本語の表記の多様性でした。日本語の場合、例えば干支であれば「兎」を、学術名には「ウサギ」を、小さい子どもが読む絵本には「うさぎ」を用いるのが一般的であり、 日本語を母語とする日本人のほとんどが、このことに関して特に違和感をもっていないと述べ、漢字・カタカナ・ひらがなにはそれぞれ、それを用いることで生まれる効果、役割があり、その効果や役割を日本人は無意識に理解して使い分けていると指摘しました。そしてこれによって、日本語は同じものに対して複数の表記をもつ言葉が存在し、それらの存在が、日本語の語彙が多い原因の一つになっているのではないかと考察しました。漢字・カタカナ・ひらがなで表記することによって生まれる効果が違うというのは、面白い着目点だと思います。日本語学習者にとってはまさにそのような点が語彙学習の難しさであり、面白さでもあると言えるでしょう。
- 言葉から見る女性への差別(高倉麻結さん)
高倉さんは「社会とことば」、特に女性に対する差別の意味を持つ言葉とはどのようなものがあるのかをテーマに論じました。まず取り上げたのは「女らしい」ということばです。高倉さんはレポートの中で、「『〇〇さんは女らしいね』と言われたとき皆さんはどう思うだろうか。純粋に褒められたと思う人もいるかもしれない。しかし、私はこの言葉を言われたとき、『女らしい』とは何かと考えてしまう。」と問題提起しています。国語辞書にはいろいろな意味が書かれていますが、「いかにも女性だと思える様子」という説明が書いてあるものもあります。「いかにも女性」というのはどのような様子なのかという点を高倉さんは批判的に考える必要性を訴えます。他にも「男勝り」「女だてら」などの表現を取り上げ、こうした言葉には男尊女卑の思想が埋め込まれていること、現代ではあまり使われなくなってきているかもしれませんが、完全になくなったわけではないことを述べ、こうした言葉が 持つ意味を正しく理解し、これは差別にあたるのではないかと思えることが重要だと指摘しました。差別語は女性に関する言葉だけでなく、障がいや出身、職業に関するものがあります。日本語教育においても言葉が生まれた背景、表している意味、その使い方を理解し、人に不快感や差別的な意味を伝えていないか敏感であることはとても大切なことだと思います。
- 新語・流行語と社会情勢(丹治めいさん)
丹治さんが選んだテーマは「新語・流行語」です。「言葉が時代を作る」という一面について興味を持ち、新語・流行語と社会はどのような関係があるのか、新語・流行語にはどのような側面があるのかを明らかにしたいと考えたそうです。分析対象としたのは、2018年から2020年までの3年間の新語・流行語です。例を挙げてみましょう。
(1)2018年の新語・流行語大賞受賞語
そだねー/eスポーツ/(大迫)半端ないって/おっさんずラブ/ご飯論法/災害級の暑さ/・スーパーボランティア/奈良判定/ボーっと生きてんじゃねーよ!/#MeeToo
この年平昌で行われたオリンピックに関連する言葉や、日本各所で気温が40度越えを記録したことに関する言葉など、その年特有の出来事に関する言葉が受賞していることが分かります。また、耳に残りやすくキャッチーな言葉も多く見られます。
(2)2019年の新語・流行語大賞受賞語
ONE TEAM/計画運休/軽減税率/スマイリング・シンデレラ/しぶこ/タピる/#KuToo/○○ペイ/免許返納/闇営業/令和
観測史上最大の台風に見舞われたことなど気候に関する言葉や、新しい年号など、前年と同様にその年起こった出来事をよく表す言葉が多く受賞しています。加えて、前年の受賞語になぞらえた言葉も受賞しており、前年に注目された言葉が引き続き注目されていることが分かります。
(3)2020年の新語・流行語大賞受賞語
3密/愛の不時着/あつ森(あつまれどうぶつの森)/アベノマスク/アマビエ/オンライン○○/鬼滅の刃/GoToキャンペーン/ソロキャンプ/フワちゃん
この年は新型コロナウイルスの流行が始まった年ということもあり、新型コロナウイルスや、家で過ごす時間に関連する言葉が多く受賞しています。特に「おうち時間」が長くなって、動画配信サービスの需要が高まったこともあり、ドラマやアニメのタイトルの受賞が例年より多くなっていたようです。
丹治さんはこのような傾向について述べながら、新語・流行語大賞に選ばれる言葉の特徴として、「その年に起こった出来事や、その年に注目された人物、その年の情勢を反映する言葉であること」、「多くの人の耳に残りやすいキャッチーな言葉であること」などがあり、特にオリンピックなどの大きなイベントや、流行したドラマやアニメ、社会問題などが多い。一貫して、その一年をよく表す言葉が選ばれていると述べました。
一方で新語・流行語には、時間が経つと流行が廃れて「死語」となるものと、定着して使用され続けるものがあるということに気が付いたという丹治さんは、レポートをこのように締めくくっています。
「『新語・流行語によって本来の正しい日本語が損なわれる』という批判を見かけたことがあるが、こうした定着して使用され続けるタイプの新語・流行語の場合、正しい日本語を損なうどころかそれ自体が正しい日本語に置き換わる場合も考えられる。裏を返せば新語・流行語は、言葉というものに対して『正しい日本語というものは存在せず、常に流動するものである』という、新しい価値観を付随させる存在であり得ると私は考える。」
日本語は固定的なものではなく、常に動き、変化するものであるという点は日本語教育を考えるうえでも重要な気づきではないかと思います。
今回は3年生のレポートのテーマとその内容を紹介しました。読者の皆さんにとっても、日本語について問題意識を持って考えるきっかけとなりましたら幸いです。
(澤邉裕子)
*レポートの執筆者、内容を紹介することについては3年生の皆さんに了承を得ています。