一般教育科教授 大島 衣

こんにちは、一般教育科の大島衣です。衣は「きぬ」と読みます。専門はドイツ文学、大学ではドイツ語とヨーロッパの文学に関係する科目を担当しています。

 ところで、「一般教育科」なんて学科、宮城学院女子大学にあったっけ?と思う人もいるかもしれませんね。聞いたことないけど、定員何名?なんて・・・ハイ、定員はありません。学生を募集してはいません。「一般教育科」は大学に入学した皆さん全員に関わる教養教育「一般教育科目」を中心になって担う組織です。宮城学院女子大学の学生全員が一般教育科の「学生」なのです。
 大学では専門の知識を身につけるだけでなく、広い視野からものを見て、科学的に考え、自分の考えを表現・伝達できる力を身につけることが求められています。特定の専門に関わらず大学教育を受けた「良識ある市民」として、社会が求めるこのような能力を育成することが一般教育の目的です。いわば一般教育は皆さんの人間力を底から厚みのあるものに育てるお手伝いをするのです。

 で、その中でドイツ語、あるいは第2外国語の学習がいったいなどんな意味があるのでしょうか?

 例えばドイツ語やフランス語の場合、構造上あるいは歴史上、英語と深い関係があります。英語と比べて違いや共通性を意識しながら学ぶ、それによって英語への理解がより深まるのはもちろんですが、この学習のプロセスそのものが私たちの言葉に対する考え方を確実に広げます。さらにある国の言葉を学ぶことで、その国や文化に対し関心が広がります。
 戦後から現代に至るまで日本ではアメリカ的な価値観が支配的でしたが、ヨーロッパはそれぞれの国が独自の伝統と文化を持つだけではなく、拡大と競合の歴史の苦い経験を踏まえて、多様性を尊重しながら共存する道を探っています。その意味でヨーロッパはアメリカとは一味違う成熟した文化圏、「大人」の魅力のある地域です。自然エネルギーの利用や環境保護、スローフード、少子化対策、そして最近日本でも本気で取り組みの始まったワークシェアリング、こういった取り組みはヨーロッパでは早くから実施されています。高度成長の次の段階として日本がこれからどう進むかを考えるときにも参考になると思います。
 とにかく、アメリカだけじゃない、英語だけじゃない、と実感することにまず意味があります。

 実際に役に立つという点では、ヨーロッパでも近年英語教育が幅広く行われ、英語が使えるなら何とかなるという地域がずいぶん広がりました。とはいえ現地に行った時そこの言葉が少しでも使えると、現地の人とのコミュニケーションも弾みます。買い物や街中を歩くときにも現地の言葉が多少でも読めると、ずいぶん役に立ちますし、その分楽しみが増えます。
 そして最後に、全然読めなかった言葉が、少しずつわかってくるのは、そもそも何と言ったって楽しい経験です。しかも、スタートがゼロだから、自分の力がつくのがすごくよくわかる。英語は苦手と思っていた人でも、違う外国語だと案外向いているかもしれませんよ。

 一般教育科目のほかには、国際文化学科の専門科目も一部担当し、卒論(「課題研究」)の指導や、海外実習の手伝いもしています。
 下は、昨年9月の国際文化学科の海外実習の写真。フランスとドイツの国境の町、ストラスブールでの語学実習(フランス語)で、少し南のコルマールという小さな町にあるウンターリンデン美術館に行った時の写真です。なお、写真の中の一人だけどう見ても学生に見えない男性は私ではありません。私は女性です。写真には写っていません。

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歴史的にドイツの一部だった時期の長いこの地域には、ドイツ美術史を代表する作品が残されています。修道院を転用したこの美術館では、ドイツの15、16世紀を代表する画家マティアス・グリューネヴァルトのイーゼンハイム祭壇画を見ることができます。十字架にかかるイエス像が全く美化されておらず、忘れがたい強い印象を与える絵です。イエスを愛し信従した人たちが今感じている「世界」が伝わってきます。死斑もあらわなイエスの姿を目の当たりにし、今この人たちにとって世界からあらゆる光も温もりも消え去ったのです。
よく見ると十字架の縦の杭が上と下で向きが違う(見える側面が上は右、下は左、つまりねじれていることになる)、横の棒が弓なりにしなっている、など、謎めいた絵でもあります。

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この祭壇画ほど知られてはいませんが、コルマールにはもう一つ、ウンターリンデンのすぐ近くのドミニコ教会にも魅惑的な祭壇画があります。マルティン・ショーンガウアーの「バラの生垣のマドンナ」で、イーゼンハイムの祭壇画より30年ほど早く製作されました。黄金に輝く装飾に包まれているのになんとも静謐な雰囲気をたたえているのは、マドンナの憂いと内省の表情の故でしょうか。訪れる人の少ない古い教会の中でその前に佇むと、外の時間も空間も消え去り、ひっそりと夢のような空気に包まれます。
 とはいえ、この祭壇画は1972年に盗難にあい、マドンナの絵の部分だけが切り取られて持ち去られ、翌年再び戻されるという数奇な運命を辿ったのです。

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