教員のリレーエッセイ:生活文化デザイン学科 教授 本間 義規

 本間義規(ほんまよしのり)といいます。専門は建築環境学です。間取りや建物外観をデザインするのではなく、目に見えないけど、住みやすさや快適性・健康性に大きく影響する室内の熱、空気、光、音環境をデザインする学問分野です。
 新型コロナウイルス感染症対策で「換気」という言葉が広く周知されました。換気が不十分な空間に居ることで感染リスクが高まるからですが、そのような空間が身の回りにたくさんあることにも改めて気づかれたと思います。今、あなたの居る空間は適切に換気されていますか。
 
換気量の基準
 人間は1日に10000リットルもの空気を体内に取り込んでいます。このうち、室内空間の空気の比率は約70%を占め、外に出る機会が減少する冬は90%にもなります。室内空気には、化学物質や真菌・細菌・ウイルスなど様々な有害物質が、外気よりも高い濃度で含まれている可能性があります。しかし、残念ながら目に見えません。このことが換気を真剣に考えない原因にもなっています。
 建物の換気が真剣に考えられはじめたのは19世紀のヨーロッパです。イギリスで産業革命が起こり、労働者階級の劣悪な住環境が問題となって、公衆衛生法が制定されたのもこの頃です。当時、二酸化炭素(CO2)は有毒であるとの説に基づき、ドイツの衛生学者ペッテンコーファーが独自に二酸化炭素測定法を開発、病院建築の二酸化炭素濃度を測定し始めました。いろいろと調べていくうちに、二酸化炭素は有毒ではないことに気が付きます。その結果、「室内空気が汚れているのなら、病原菌に対する抵抗力を弱めてしまう。炭酸ガスは有毒ではないが、二酸化炭素濃度が1000ppm(0.1%)を超えるようなら、衛生上、機械換気を行うべきである。」という結論に達しました(「住宅建築の換気について」1858年)。これが現在の建築物環境衛生基準のベースになっています
 
学校教室の換気量
 学校教室は大人数が一定時間密集する空間です。図1は、とある中学校教室の午前中の二酸化炭素濃度を測定した結果です。生徒の呼気により室内二酸化炭素(CO2)濃度は上昇します。学校環境衛生基準では1500ppmまで許容していますが、ほとんどの時間でその値を超えていることがわかります。この濃度は在室人数に対して換気量が不足していることを意味しています。換気量を増やすことは設備コストや空調騒音の問題など、解決するのは容易ではなく、ほとんどの教室は換気不足です。この状況は海外の学校でも生じていることであり、決して珍しいことではありません。


図1 中学校教室の二酸化炭素濃度変化(12月,岩手県)

 
フィンランドの小学校
 しかし、フィンランドは違います。必要換気量を確保するため、巨大な換気装置とその設備スペースを確保し(写真1)、教室には不快な気流や風切り音の生じないハイスペックなダクトを設置しています(写真2)。じつは1980年代のフィンランドでは、集合住宅や小学校、デイケアセンターなどで甚大なカビ問題が発生し、建て替えを余儀なくされるなど大変な苦労を経験しています。そのため、かなり厳格な換気基準が制定され、義務付けられているのです。


写真1 巨大な換気設備(フィンランド小学校)


写真2 流体力学を駆使したハイスペックダクトが2本設置されている。
メンテナンスを考え天井裏には設置せず、露出配管している(フィンランド小学校)

 
 2020/07/08現在、新型コロナウイルスの空気感染による可能性をWHOが精査し始めたと報道されています。新型コロナウイルス感染症問題が、適切な換気とは何かを真剣に考えるきっかけになるのは間違いないでしょう。