私の専門は産業現場における事故や労働災害の背後にあるヒューマンエラーの防止です。ヒューマンエラーは人間のミスや過失ですので、人間の行動を研究対象とする心理学者のテーマでもあるのです。ただこの分野は、心理学の独壇場というわけではありません。安全工学、安全人間工学、経営工学、医工学などの工学分野の人たちも関わります。また、現場の安全の問題ですから、当然現場の方々との協働になります。現場に行き、現場のことを教えていただき、意見交換をしながら、心理学の知見や私の経験も共有しつつ、少しずつ現場の安全性を高めていくことになります。
現場がどのくらい安全であるかの指標の一つが労働災害による死者数です。労働災害というのは仕事に関わって発生した災害ですので、簡単に言えば仕事中に亡くなった人の数と考えておおむね間違いありません。グラフをご覧ください。
仕事中に亡くなった人は、1960年代前半には7,000人弱もいました。しかしそれが’70年代に入って急激に減少しています。この背景には、「エラーをした人が悪い」というように個人を責めることで終えていた対策(責任追及)を、「エラーの背後にある何かが悪い」というように考え方を変え(原因追究)、その”背後にある何か”を探り、その”何か”に対策を打つことで、”エラーをしにくい環境を整えよう”と考えたものです。これによって、亡くなる人の数は急激に減りました。
しかし、その後減少率は緩やかに変わります。特に2010年以降はほぼ横ばいです。この現象は「原因追究型対策の限界」を示していると私は考えています。ここからはこれまでにない発想で事故や労働災害を防いでいかなければなりません。それをどうしたらよいかを考えていくのが私の仕事です。
解決策としていま考えているのは「人か、組織的背景か」ではなく、「人も、組織的背景も」です。人は常に組織的背景の中で仕事をしていますから、その両方を考えなければならないというスタンスです。当たり前のことのように思われるかもしれませんが、様々な事情の中でその当たり前にやっとたどり着きつつある現状を、学生さんたちと一緒に学びながら、少しでも前に進めていきたいと考えています。