教員のリレーエッセイ:日本文学科 助教 菊地 恵太

 日本文学科の菊地です。日本語の歴史や、日本で使われている漢字の形(字体)について研究しています。
 「漢字の形」といってもピンとこないかもしれませんので、大学構内で見つけた身近な例を紹介しましょう。

 写真1は「避難器具」とありますが、よく見ると「器」の「口口」の部分がつながっています。同じ意味・音を表すのに形が違う漢字を異体字といい、楽に書けるように簡略化した異体字を略字といいます。口をいちいち4つ書くよりも、つなげて書いたほうが楽ですから、「器の略字」は「器」の略字と言えます。皆さんは果たしてこのような形で書くでしょうか?
 写真2の火気厳禁の看板はどうでしょう(ずいぶん年季が入っていますね)。危険物の種類が手書きで書き込めるようになっているようですが、「第四類○三石油類」とあるところの○の漢字は何でしょうか?

 正解は「第」の略字です。とはいえ、写真2の例も一般的な「第」の略字「第の略字」とは異なっており、なかなか珍しい形です。書いた人個人の癖でしょうかね。
 さて、2007年当時のある調査では、略字の「器の略字」「第の略字」を使う人の割合は、50代に比べ20~30代の若年層でかなり少なくなっていたそうです。文書も看板もパソコンから出力して作れる時代なので、こうした略字を目にする機会も大きく減っていると言えます。
 もちろん、学校の試験や漢字検定でこのような字を書けば×になってしまうでしょう。が、古くから手書きでは様々な異体字や略字が使われていましたし、一つの文書で字体を統一しないことも多かったのです。改まった場面では正式とされる漢字を書くにしても、日常ではそれくらいの“ユルさ”があっても良いように思います。得てしてそのような“ユルさ”は、上の写真のように身の回りに転がっているものです。
 言葉や文字に「絶対的な正しさ」は存在しません。ぜひ、身近にある言葉や文字の多様性を楽しんでみてください。