OG/社会人向けリカレント教育プログラム 2024年度テーマ「文化伝達とジェンダー」
「ライフ・キャリアを創る」連続講座
-第2回講座 『仕事とくらしのジェンダー論:「NHK朝ドラ「虎に翼」「はね駒」をてがかりに』-
宮城学院女子大学において来春始動する「ジェンダー教育研究センター(仮称)」の準備となる「リカレント(学び直し)」の連続講座。その第2回講座が2024年7月27日に行われ,宮城学院卒業生,一般社会人,合わせて30名の方々にお集りいただきました。お暑い中ご参加いただきました皆さま,ありがとうございました。
開始にあたり長谷部学長よりご挨拶をいただきました。
いと弱き者,いと小さきもの,普通の人たちが,自立して主体的にアクティブに生きること
宮城学院の建学の精神,キリスト教の精神においては,男も女も神様によって創られ神様の救いを受ける意味では平等であります。しかしながら男と女には違いがあるので,お互いに助け合うのだというのが創世記以来の基本的なメッセージだと思います。
そして,いと弱き者,いと小さきもの,普通の人たちが,何者にも拘束されずに自立して主体的に,自分の人生をアクティブに生きていくことを福音が促すというメッセージです。
それと,女性として自立して生きていくということとは,実は非常に親和性の高いテーマであります。今日は天童先生が,普通の人の,華々しくなくたって,しっかりと自分の生き方をした人たちの過去の事例を手がかりに,女性のあり方についてのお話しをしてくださると思います。
このキリスト教の福音宣教と,それから女子教育とは1886年9月にプールボー先生が学校を作ってスタートしたときの理念です。そこに戻って何回も繰り返し成熟させていくときに,実り豊かな働きとなって日本の社会にその精神を築くのかなと思っております。今日も天童先生のお話しとっても期待しておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆様期待してください。
新しいリカレント教育の提案
この講座は女子大学ならではの新しいリカレント教育の提案です。宮城学院女子大学の女性学は2015年から本格的に動き出しました。高等教育機関として宮城女学校の時代から130年を超える歴史の中で,常にこの学び舎は地域に開かれ,地域の女性たちを数多くエンパワーメントしてきました。今後あらためてジェンダー視点を深めながらの拠点形成となっていくのではないかと思います。
日本でのリカレントは2017年当時の安倍政権で人作り革命の中の学び直しが提案されました。世界情勢の中では,どんなふうに人間らしく生きるのか,ウェルビーイング,あるいは女性たちが力をつけ連帯していく社会貢献的生き方が取り上げられる時代に,産業界・経済界の要請に大学がどう応えるのか,というだけでは片手落ちである。このことが私自身を女子大学発のリカレント教育を考え直すという視点に導くものでした。
そのキーワードが学び直しあるいは学びほぐしです。既存のガチガチに固まった教育を一旦ほぐしてみよう。そして,学習の自己決定,自分が何をなすべきか,功利主義ではなくどんなふうに社会全体の幸福に資するか。その意味ではネットワーキングを通して,本学のような女子大学ならではの女性学やジェンダーの視点という学びから広がる可能性は高いです。
既存のリカレント教育の枠組みをどう超えるかがこの一連の4回講座の大きなテーマです。共通して,女性学的視点あるいは女性視点そしてジェンダー視点で,知識・スキル・価値・主体,これらを再考するというのが目的です。
女性の権利は人権である
今日皆さまと共有していく「はね駒」では,明治三陸沖地震が大事なターニングポイントとなりました。女性の人生はその時その時でいろいろな展開があるわけですが,そこに共通しているものは,社会構造や政治経済構造,そして文化構想と不可分ではないということです。そしてもし皆さまが,何らかの形で女性がなんだか居心地が悪いなどジェンダーに関わる課題をお持ちであるとすれば,今日の話は皆さまにとっての「大人のための仕事と暮らしのジェンダー論」となります。
「人権=human rights」人としての権利ですが,少なくとも18世紀のフランス市民革命において人権のカテゴリーから女性は排除されていました。「humanのrights」と言うけれど,「human」に隠れているのは「man=人間,男性」。20世紀後半の世界の女性たちのうねりは「woman’s rights=女性の権利」は人権である。この世界のうねりは,日本においてもいろいろな場面で,あるいはメディアを通して描かれることになります。
今日一人目のご紹介は「虎に翼」の主役寅子さん。モデルは三淵嘉子さんという日本初の裁判官の一人という方です。
そしてもう一人は「はね駒」の主役磯村春子さん,本学のOGなのです。春子さんの息子である磯村英一は非常によく知られた都市社会学者です。40歳代で早世する磯村春子の残した子や孫たちがいろんな意味で地域や社会に貢献していく,まさに世代を超えた文化伝達を感じるものであります。
なぜ朝ドラはたくさんの視聴者を惹きつけるのか
さて「朝ドラ」は1961年平日の朝の帯番組として登場し,「おはなはん」の登場から,家庭中心というよりは,女性の自立した生き方へという女性のライフストーリーを中心に据えて平均視聴率45%超え,どんどんブームを発信していきます。
一つは,明治・大正・昭和の激動の時代を生きた女性の一代記。これはライフワークあるいはキャリア形成と考えても結構です。
支える人物との関係,親子関係,まさに人間のドラマを描いたものが人気を博するというのがあるのではないかと思います。
もう一つは,時代を超えたジェンダー課題を浮き彫りにするということです。一人で生きている時には職業婦人として道を開き,あらゆる能力があるように見えた人が,明治時代の民法の下では「妻無能力者」とレッテルを貼られるという男性中心の政治状況や社会状況,果たしてこれは過去のものなのか。これが現代的なドラマの中で歴史を取り上げるときの捉え直しです。
女性の排除,女性の周辺化,これは案外いたるところに今なおあります。始末に負えないのは,今の不平等はある意味自己選択でその道に進んでしまうということが多々あるからのようにも思います。
「虎に翼」
モデルは日本初の女性裁判所長の三淵嘉子さん。生まれはシンガポールで,当時の中国語表記「新嘉坡(シンガポール)」に当てて嘉子と命名されます。
父貞雄さんはかなり進歩的でリベラルな方でした。「女もきちんと自立した方がいい。みんなと同じように家庭に入って普通のお嫁さんにならなくていい。そんな生き方は嘉子には向かない。」「社会が矛盾を許しても感単に諦めないことだ」と伝えます。そして母信子さんは「男の真似じゃないならただの弁護士です。女の冠はいりません。」と伝えるのです。
両親の言葉に勇気をもらい,嘉子は戦後すぐ司法省の扉を叩きます。
その後嘉子は原爆に関する裁判を担当します。定年退官し60代で亡くなるまで一瞬をパワフルに生きたと言ってもいいかもしれません。
良妻賢母主義,家制度,家督相続,そして妻無能力者がまかり通り女性の参政権獲得は戦後。昭和初期のこのような息苦しい時代において全く別の新しさを出したのがミッション系の女性の教育です。宮城学院女子大学の前身宮城女学校は,近代的でリベラルで,そしてなんといっても神の下には平等。これはある意味革新的で新しく,一方で若干危険思想とも映ったというレポートが出てきています。
「はね駒」
明治・大正にかけ活躍した女性新聞記者の草分けである磯村春子さんは,英語文化圏に非常に親近感を持ち,長男磯村英一に「あなたの英は英国の英よ」と言っていたそうです。「はね駒」の放送は1986年,男女雇用機会均等法が動き出した年にタイムリーに女性の脚本家がこの映像を具体化していきます。
どの価値に向けてどのように仕事をしているか,仕事を愛し仕事をする自分を大事にする春子自身を支えたのは,クリスチャニティであったと思います。どんな偉い人とでも下層階級の人とでも態度が同じだったという春子から,人間は差別してはいけないのだと身を持って教えられたと英一は語っています。弱い人々,窮乏にある人々に寄り添う都市社会学者磯村英一が彼女の息子です。
春子さんの人生は,男性中心の社会にあって実力で男性記者と対等の仕事をしました。男にできることは女にもできる。これが女性記者としての誇りであったと述べています。
物語から考えうることは,平等であること,偏見からの自由,人権。ちょうど今,パリでオリンピックが開かれています。西欧が進んでいる,日本が遅れているということではなく,まさに人権や自由や平等は世界共通の課題であり続けているのです。他方で,日本にできることはもっとあるはずという忸怩たる思いもあります。日本の女性たちの地位を国際標準で見たときに非常に低い位置になる大きな理由は,政治経済領域において女性が正当に活躍できていないことに尽きるわけです。
あなたの「はて?」は何ですか
パリの街角の写真には,古い建物にも新しい建物にも「LIBERTE-EGALIE-FRATERNIE」という文字が刻まれています。
LIBERTE=自由。EGALIE=平等。FRATERNIE=博愛・友愛。FRATERNIEを直訳すると兄弟愛,つまりFRATERNIEとは男性同士の友愛なのです。
フランスの人権宣言に関わったオランプドグージュの名前を聞いたことがありますか。女性視点で歴史を見ると欠かせない人物です。
あの市民革命によってもたらされた1789年の権利宣言は,直訳すると「男性および男性市民のための権利宣言」でした。
オランプドグージュは社交界の華と呼ばれた魅力的な人でした。この宣言が男性の権利の宣言に過ぎないということを見抜き,女性の無権利状態,女性の権利無視に対する批判を込めて2年後に「女性および女性市民の権利宣言」をいたします。ところがその行動ゆえに過激な思想,過激な行動とされて捕まり,ろくな裁判を受けることもできず断頭台の露と消えてしまいます。
自由・平等・博愛ないし友愛は果たして誰のものなのか。
リカレント教育では知識や技能をつけることも大事な要素ですが,それがどのように,また何に向けて用いられるものなのか,このことも含めるところでリカレント教育の今後があるように思います。
人生100年時代,多様化が言われています。しかしながら果たして誰一人取り残さない社会を私達は享受しているでしょうか。
今日ご紹介してきた2人の人物は尊厳と誇りを持って,多くの困難に立ち向かいます。そのときに一人ではありません。例えば「はね駒」のモデル春子さんは「ルビ付記者」と呼ばれたそうです。ルビ=小さい文字,つまり幼い頃の英一少年を自分の記者の仕事に行くときにはどこにでも連れていく,支え合う存在でした。
社会には見えない差別が今もあります。「マミートラック」とは,マミー=母親,トラック=陸上競技場。お母さんで大変でしょう,だから無理に残業しなくていいですよという職場のある意味温かい配慮によって,女性たちはマミーになった途端に自分の能力を十分発揮できない職に回され,ぐるぐる同じところを回ってなかなか昇進できない。さらに上の方に天井の先が見えてくるけれどもどうしても上がれないような壁,これが「グラッシング」というガラスの天井と呼ばれるものです。
近年の法律改正などもありますが,生活の場,労働の場は光が当たってきた部分は確かにありますが,人間の再生産とケアの領域では,男性を含めたケアの保障というのがこれからの課題になるように思います。
ネットワーキング/あなたの「はて?」は何ですか
講演後にはネットワーキングの時間が設けられ,「あなたのはて?は何ですか」のテーマでご参加の皆さまから活発な意見交流が行われました。
「私達世代は,急に役職だけ上げられても人の指導は難しい。髪を振り乱して子育てし,残業もできない。それを見ている若い方がそこまでして子供が必要かと思うだろう。子供がいるから幸せというわけでもなく,折り合いのつけ方が難しい。」
「女性が声を上げると世間からバッシングされることが未だに多くある。容姿や言い方,関係ないことをバッシングされる。今日の2人の時代から時間は経つが,女性の生きづらい時代は続いている。」
「この学校では女にはリーダーシップもある,ちゃんと上がれる自信がつけられエンパワーメントされた。言われて嫌だなと思っていたモヤモヤに言葉がつくと皆思っていたのだなと思う。一つひとつのはて?をほぐしていき,シスターフッドで世の中を変えていきたい。」
「子育てや少子化の対策では,どこでも平等とはならない。ジェンダーの問題は今急に変えようと思っても無理,教育の場から学ばさなければいけない。日本の社会が女性への偏見があるとすれば,社会全体を変えていく必要がある。」
「いろんなご意見は,女性・お母さん視点が強い気がする。男性・お父さんも一緒にやるという基本で考えるべきだ。フランスの出生率が上がっている理由は人間としての自由さ。結婚してなくても子供がいても社会に受け入れられている。」
「MGを卒業して20年,未婚で子供はいない。会社で育休の社員が出ると他の社員が負担するが手当はない。プラスで,子のいない人への支援もちょっと欲しいなと正直思う。」
「女性は結婚したら夫の扶養に入り家庭の役割を担うという意識が女性の非正規職に繋がる。最近のCMで,転勤について来いって言っていいんだよという女性。それ違うだろう,どうしたら変えていけるんだろう。」
「女がご飯を作り,女だけ結婚離婚で苗字が変わるのはなぜか。夫と二人で洗濯物を干すと半分で終わり,自分の時間が自由に作れる。人生100年,自由に生きたい。女だから男だからって生きたら半分しか生きられない。」
さらに,ご参加者アンケートには,女性と労働,LGBTQ,トランスジェンダーのバッシング,生理,などこれから取り上げてほしいテーマとしてたくさんのご意見とヒントをいただきました。自分の生き方を自分で決める学びの自己決定。まさに学びの拠点として,ぜひこれを繋いでいきたいと思います。また皆さまとお会いできることを楽しみにしています。
2024年度第3回・第4回講座は9月の開催を予定しております。どうぞお楽しみになさってください。