キになる言の葉 ミになる話 ―ちょっと気になる名簿の漢字(1) +488の世代―

キになる言の葉 ミになる話

 ちょっと気になる名簿の漢字(1) +488の世代

菊 地 恵 太(日本文学科 准教授)

小中学校、高校、大学などなど、この春各種の学校に入学された皆さん、改めましてご入学おめでとうございます。仕事柄、この時期は新入生の名簿を目にすることが多いわけですが、名簿に振り仮名が振っておらず、読み方に難儀することが多々あります。

というのも、日本人の名前で漢字をどのように読ませるのかということは、法律上一切規定がなく、戸籍にも振り仮名を書く欄はないのです注1。ですから「犬」という漢字を書いて「ネコ」と読ませたとしても法律上は問題ないわけです(なお、人名として不適切である(命名権の濫用)と判断された場合、役所が出生届を受理しない可能性もありますので悪しからず)。というわけで、皆さんの名前を読み間違えてしまったとしても、どうか温かい目でお許し下さい。そもそも名簿に振り仮名を振ってくれれば済む話なのですが。

 

さて、読み方については規定がないのですが、出生届を出す時に人名(下の名前)に使える漢字の種類や形(字体)については戸籍法できちんと定められています。この人名に使える漢字はたびたび改定・追加されていることをご存じでしょうか。

まず、日本の漢字には「常用漢字」というものがあります。現在の常用漢字は平成22(2010)年に内閣告示されたもの(「常用漢字表」)で、「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」として、2136種類の漢字が定められています。ちなみに、昭和56(1981)年に告示された改定前の常用漢字は1945字でした。要するに、だいたい2000字くらいの漢字を知っていれば日常生活には大きな支障がないということですが、ともかくこの2136字は人名にも使用できます。

それ以外の漢字では、常用漢字の異体字(=音訓、意味が同じであるが形(字体)が異なる漢字)とされる212字体が使用できます。例えば三遊亭圓生の圓(=円)、市川團十郎の團(=団)などがそれです(この人たちはもちろん芸名ですが)。さらに、これらの常用漢字の他に651字体(異体字を含む)もの漢字が使用できることになっています。これがいわゆる「人名用漢字」です。つまり2023年5月現在、常用漢字と人名用漢字を合わせた2136+212+651=2999字体が出生届に書いて提出して良い漢字字体というわけです。

 

人名用漢字というものが初めて定められたのは昭和26(1951)年のことです。当時は常用漢字でなく、昭和21(1946)年に告示された「当用漢字」(「当用漢字表」)があり、これが1850字ありました。昭和23(1948)年に施行された戸籍法改正により、人名に使える漢字は当用漢字に限られることになってしまったのですが、これだけでは少ないということで、当用漢字以外に人名に使える字として人名用漢字(「人名用漢字別表」)が示されたのです。それでも、当時の人名用漢字は92字しかなく、現代よりも遥かに少ない数です2

その後何度かの改定を経て人名用漢字の数は増えていきましたが、中でも特に人名用漢字が大幅に増加したのが平成16(2004)年9月27日の改定でした。この改定直前の時点で、人名に使える漢字字体の数は2440字体(当時の常用漢字1945字+人名用漢字290字+常用漢字と人名用漢字の異体字(許容字体)205字)となっていたのですが、ここで一挙に488字体(常用漢字の異体字を含む)が追加され、過去最大規模の追加となりました。

これらの漢字は、予てより人名での使用希望の多かった漢字(出生届に書かれて不受理となった例が多かった漢字)や、書籍での使用頻度が比較的高い漢字から選定されたようです。例えば「苺(いちご)」という漢字は、目にする機会も比較的高い字であり、人名での使用希望も多かったそうですが、長らく人名用漢字にはならず、平成16年の改定で晴れて人名に使えるようになった漢字の一つです。

 

平成16年度生まれの人は今年度で19歳ですから、つまり一気に人名用漢字が増えた世代が今回大学に入学してきたというわけです。実を言うと以前からこれを密かに楽しみにしていたのですが、今年度の弊学科の新入生名簿を見る限りでは、新しい人名用漢字を使う人はまだ多くないようです。人名の漢字が増えれば、さらに名簿の名前を読み間違えやすくなってしまうのでは…という心配も無くもありませんが、果たして今後どれほど多彩な漢字を使った学生が入学してくるのか、注目していきたいところです。

(続く?)

 

注1 令和5(2023)年2月2日に法制審議会が戸籍に振り仮名の記載を義務化する戸籍法の改正要綱案を示し、「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでなければならない」という規定が示されました。この改正が6月2日に参議院で可決されたため、来年度施行される予定です。こうした人名の漢字の読み方がどう規定されていくのか、実際にどのように運用されていくのかという点も今後気になる問題です。

注2 厳密には、昭和21(1946)年の「当用漢字表」で1850種類の漢字がひとまず示され、昭和24(1949)年の「当用漢字字体表」でそれぞれの正式な字体が定められました。「当用漢字表」と「当用漢字字体表」とでは字体に差異がある漢字も多くあり(例えば「亞/亜」「惠/恵」「隆/隆」「眞/真」など)、この場合はどちらの字体も人名に使えることになっていました。また92字の人名用漢字の中でも、異体字の使用が認められることがありました(「禎」を「禎」とするなどの例)。そのため、当時実際に人名に使えた漢字字体は1850+92字よりも多くなります。

 

参考サイト
「子の名に使える漢字」(法務省)/www.moj.go.jp/MINJI/minji86.html
「漢字袋 人名用漢字の変遷」 /kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~yasuoka/kanjibukuro/japan-jimmei3.html
※コンピュータの文字情報処理に関する研究が専門で人名用漢字などの漢字政策にも詳しい安岡孝一先生(京都大学)のサイト

三省堂「ことばのコラム 人名用漢字の新字旧字」(安岡孝一執筆)
第183回 「禎」と「禎」/dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/propice
第208回 「苺」と「莓」/dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/ichigo

文化庁・文化審議会総会(第39回)資料「これまでの漢字政策について(付:人名用漢字)」
/www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_5/39/gijishidai/shiryo_6.html
※平成17年3月30日に行われた文化審議会第39回総会の資料で、人名用漢字の488字追加から間もない時期のもの。当時の情報なので注意。

当用漢字表(文化庁)/www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/syusen/tosin02/index.html
当用漢字字体表(文化庁)/www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/syusen/tosin05/index.html
常用漢字表(文化庁)/www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/kanji/
(改定前)/www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/14/tosin02/index.html