【備忘録 思索の扉】 第四回「違い」が分かるカレーライス

トリコロール鶴仕事がら、フランスに行くことがあるのですが、打ち合わせが順調に進み、相手方との仕事上のパートナーシップが出来上がってくる頃合いになると、ご家族の夕食に招かれたり、ご自宅をホテルがわりにしていいですよとありがたいお申し出をいただいたりするようになります。そういう場合を想定して、日本から手土産を持っていくのもいいでしょうけれども、私はむしろ、日本のお米とお気に入りのカレールーをひと箱持って行って、押しかけ女房ならぬ「押しかけにわかシェフ」役を買って出るほうが好きです。

まず、「お宅のキッチンをお借りして、日本のごく日常的な家庭料理を作りたいです。一緒に食べませんか」と持ち掛けます。そして、そのために必要な食材をマルシェで買いたいと言うと、マルシェの場所を喜々として教えてくれます。時間さえ合えば買い物に付き合ってもくれます。マルシェに行くと、日本では出会えない野菜や食材が所せましと並べられています。日本では手に入らない具材を買ってみるのも楽しいです。そして台所をお借りして調理の始まりです。まずはオリーブオイルをたっぷり使って、あめ色たまねぎを作るところからスタート。カレールーを入れ込むと、おうちの皆さんが「この美味しそうなにおいは何?」とばかりに興味津々に台所をのぞき込むことでしょう。

問題はお米です。フランスでは食事にはパンがつきもの。お寿司屋さんで「スシを食べる店ではどうしてパンがでないのか」と真顔で首をひねるフランス人はたくさんいます。フランスでのお米の地位は、日本の「主食」のレベルをはるかに下回り、サラダ菜と一緒にあえものになっていたりとか、パラパラチャーハンになっていたりとか……。「銀シャリにいったいなんてことをしてくれるんだ!」と悲しくなることも。しかもたいてい、日本のお米のような粘り気はなく、粒はサラサラしています。「カレーに、くっつくお米を使うけれどいいですか」と尋ねると、人によっては難色を示します。でも、ここは頑張って、日本のお米を使って、「ザ・現代日本のカレー」を押し通しましょう。カレーなら、くっつくお米も心から喜んでもらえます。

先日、フランスのとある家庭で、いつも通り「押しかけシェフ」をしましたら、案の定絶賛されたうえで、真顔でこう尋ねられました。
「これは、日本では、宴のときに供される料理ですか」
カレーはやはり、日本に暮らす私たちにとっては、ごく日常的な料理ですから、この質問には少し面喰らいます。でも、これは要するに、ごく日常的な料理にも、文化の境目を越えた向こう側では、もとの文化圏ではまったく付与されていなかった価値が与えられることがある、ということです。つまり、「違う」ということには、それだけで価値があると言えます。そしてその価値は、誰かのお墨付きではない、カレーライスのそのものの持つ「美味しさ」が前提となって認められます。

最後に、カレーを作る時の、私のとっておきの技を。具材に火が通ってルーが溶けたあと、キャベツの千切りと乱切りトマトを放り込んで、形が見えなくなるまで弱火で煮込んでください。一気にうまみが増します。カレーをおいしくするこうしたちょっとしたコツもまた、一人ひとり違います。「美味しさ」に行きつくためにもまた、人と同じでないことはとても大切ですね。

間瀬幸江 ませ・ゆきえ フランス文化論)