桂 啓壯(かつら けいそう)です。
現在、本学の図書館司書課程の科目を担当しております。本学学芸学部には10学科ありますが、図書館司書課程は英文学科と日本文学科の2学科の学生のみに開講されています。それらの2学科でも履修学生の数が多いのは日本文学科です。
さて、私が図書館と関わりを持つようになったのは、古くは1969年、当時日本では4年制大学で唯一司書養成を主目的とした学科であった慶應義塾大学文学部図書館情報学科を2年次に選択したことから始まります。文学部は学科ごとの入試ではなく、2年次に学科を選択するようになっていました。大学入学時には社会学科を選択しようと考えていましたが、図書館情報学科のある教員のシラバスを読み、情報学という何か新しい学問を学んでみたいと思うようになり方向転換したわけです。もう一つの理由として、図書館情報学科では副専攻として文学部の他学科の一つを専攻し単位を取得できるようになっておりましたので、一応社会学も勉強できることがありました。当時は図書館情報学科を卒業すれば全員自動的に図書館司書資格が得られました。
図書館で司書として働き始めましたのは、東京西新宿の高層ビル街の一角にあった国際協力事業団(現在の国際協力機構)の図書資料室で1979年のことです。その図書資料室は、図書館の種類としては専門図書館にあたります。そこでは司書は私1人のみで、当初は3人の人員でした。蔵書も数万冊と少ないわけですが、今でも日本一管理の難しい図書館であったと思っています。その理由は、開発途上国で刊行された自然科学系の図書資料が多く、英語はもちろん、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、インドネシア語などの文献が多数を占めていたこと、図書以外の、地図類、取扱注意の世界銀行などの国際機関レポート、古い移民関係の文書等といった通常の図書館では正式に整理しない資料の多くを本格的に取り扱う必要があったこと、統合の結果設立されて5年ほどの組織であったため、主として4つもの前身・前々身団体があり、そこから引き継いだ図書資料を新たな整理法(分類法、目録法など)を確立したうえで「図書館資料にする」必要があったこと、さらに、約千人もの正職員がいる組織でペーパーだけの司書資格取得者がいても実働できる司書が他にいない状態で図書館を切盛りする必要があったということなどでした。図書館で約7年働きましたが、正職員の司書が1人であったため大変な反面、図書館のあらゆる業務に携わることができたと思っています。
1980年代初頭の国際協力事業団在籍時のことですが、フィリピンの大学図書館から図書館建設要請が出ているということで、専門家として調査団員に参加したことがあります。専門用語では無償資金協力といいます。無料で建物・施設等を開発途上国に寄贈するという日本政府のODA(政府開発援助)プログラムです。日本政府がこれまでにODAで開発途上国に図書館を贈与したのは、私の記憶では本件とタイのアジア工科大学図書館のみです。対象となった大学はマニラ市内にある国立フィリピン教育大学(当時はPhilippine Normal College)です。日本で言えば東京学芸大学に相当するような大学でした。団長の職員は、東北大学工学部(土木専攻)出身、業務を請け負った民間の建築事務所の主任建築士も東北大学工学部(建築学専攻)出身、それに図書館専門家の私を含めると仙台にゆかりのある人たちによって建設が実現されたことになります。20数年経ちましたがスペイン風の瀟洒な4階建の建物がいまでも活用されています。30代前半で1つの図書館を海外に建設するという経験は大変得難いものでした。
国際協力事業団で約7年、図書館業務を担当したのち、国際協力事業団の海外長期研修に応募し、1986年夏から2年間ニューヨーク市にあるコロンビア大学大学院で図書館を更に学ぶことができ、アメリカの図書館司書専門職に相当する資格も得ました。図書館学のコースは1992年に閉鎖となり現存しませんが、コロンビア大学は125年前の1887年に、アメリカで最初、恐らく世界で最初に図書館学課程を開講した大学で、この事実は図書館司書課程科目の「図書及び図書館史」で言及されるほどの重要な意味を持っています。帰国して3年後に職を大学に転じ、複数の大学で司書課程等の科目を担当して今日に至っています。
本学の図書館司書課程は、2013年度から新課程に移行します。よりインターネットを基盤としたカリキュラムになることを想定しています。約半数の科目を担当しますが、インターネット利用歴、特に検索に関わるものは、1992年、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにおいて、当時はWebではなくTelnetやGopherなどでしたが、初めてアクセスして以来かれこれ約20年になるベテランです。インターネットは長く利用すればよいものでもなく常に技術革新がありますので、Web2.0といわれるような最新の利用環境に対応できるよう切磋琢磨しているこの頃です。