国際文化学科教授 八木祐子

ナマステ!!国際文化学科の八木祐子です。いよいよ夏本番、暑い季節がやってきました。みなさんにとって、夏はどんな季節でしょうか?

08081804私にとって、まず1つめは、仙台七夕の季節です。南アジア地域研究を専攻する私のゼミでは、恒例の「七夕サリー・ツアー」をおこないます。サリー・ツアーと言っても、ゼミのみんなで、サリーなどの民族衣装を着て、繁華街の七夕飾りの下を1時間ほど勝手に歩くだけなのですが、まわりがみんな浴衣姿なので、けっこう目立ちます。ときには、観光客から一緒に写真を撮ってと言われたり、インド人の留学生から懐かしそうに声をかけられたりもします。卒業生OGもたくさん駆けつけてくれて、毎回、にぎやかな夏の宵となります。

 

2つめは、原爆忌とお盆の季節です。長崎人(ながさきじん)にとっては、8月は忘れがたい季節です。小学校から高校までずっと、長崎原爆忌の8月9日は登校日でした。ジージーと鳴くセミの声をききながら、照りつける太陽のもと汗をかきながら登校し、サイレンの音で黙祷する、そんな夏の日を思い出します。それが終わると、お盆の季節がやってきます。ご先祖さまを楽しませるためにお墓の前で花火をして、アイス・キャンディ―を食べたり、日本一派手でうるさい精霊流しを見にいったりと、お盆は楽しいイベントです。
 3つめは、インドに里帰りの季節です。私の専門分野は文化人類学です。人類学者は、調査地域で長期にフィールド・ワークをしますが、私の場合は、学生時代にインドを旅したことが縁で、北インドの農村に、毎年、大学の夏休みに出かけて調査をしています。サリーやシャルワール・カミーズを着て、チャパティーという小麦粉のパンをつくり、一緒に生活するなかで、そこに住む人々の考え方やモノの見方を学んでいます。

08081802私にとっては、海外調査の期間であると同時に、日本の忙しい日々を忘れる転地療養(!?)、と、村の家族と会える大事な里帰りの機会でもあります。インド社会は、1991年の経済自由化以来、大きな変化をとげています。農村でも、携帯電話の音が鳴り響くなど、グローバル化の波は押し寄せていますが、それでも、インドの村に戻ると、3日ほどで、身体の細胞がすっかり入れ替わって、浄化された気分になります。香辛料たっぷりのカレーを毎日食べて、新陳代謝がよくなることもあるでしょうが、朝は4時半には起き、夜は9時半には寝るという、自然とともにある暮らしが、心身ともにリラックスさせてくれるのでしょう。朝起きると、真っ赤な太陽の大きさに圧倒され、夜は、クリスマス・ツリーかと思うほどの、樹々にいっぱいのホタルの乱舞にみとれます。天の河が雄大に広がる星空をあおぎみながら眠る、そんな生活です。時には、コブラも姿をみせたり、蚊の攻撃を受けたりと、大変なこともありますが、インドの家族たちと過ごす貴重な時間です。

 

08081803とくに、マーイー(お母さん)と、名付け親となった甥っ子のクリシュナ・モーハンと会えるのが、今から、とても楽しみです。思えば、マーイーとの出会いが、私の研究の始まりとなったのかも知れません。まだ、村の調査をし始めた頃だったでしょうか。マーイーの一日の生活を追って、ビデオ・カメラをずっと撮っていたら、こちらが疲れてしまいました。朝起きてから、夜眠るまで、水汲み、食器洗い、牛のエサやり、畑仕事、食事の支度など、休むヒマもありません。「暑いから家に戻って休んでなさい」と言われたのに、畑まで追っかけていった私を、困ったねという笑顔で迎えてくれました。やがて、畑でひと休みしているマーイーの横にすわっていたら、皺だらけの両手を私にみせて言いました。「ユーコ、インドの女の暮らしはこんなに大変だと、日本の人たちに知らせておくれよ」。ヒンディ―語もおぼつかない頃だったのに、なぜか良く理解できたのでした。あれが、私のフィールド・ワークの原点になりました。何とかふつうのインドの女性の暮らしを伝えられないかと。しなやかに、したたかに生きるインドの女性たちの暮らしを伝えられないかと。そういう想いで、今も研究を続け、インドの村に通いつづけています。

マーイーは元気でしょうか。クリシュナ・モーハンや村の子どもたちに大好きなココアをもっていかないと。では、今年も里帰りしてきます。インドで、いっぱいエネルギーを充電してきます。また、秋に。フィル・ミレンゲー(また、会いましょう)!!

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