こんにちは、英文学科の吉村典子です。イギリス文化にかかわる科目を主に担当しています。セミナーでは、私の専門の近代デザイン史の領域をいかして、今年は「イギリスの芸術文化」をテーマとしています。
「芸術」といっても、絵画・彫刻だけではありません。例えば、19世紀を中心としたヴィクトリア時代には、芸術を絵画・彫刻等に限定するような思考を押し広げ、工芸品や日用品、そして、生活をも芸術の影響下に開放しようとする動きがありました。「芸術は労働における人間のよろこびの表現」という言葉もこの時代に登場しました。 政府も「芸術」を議論するようになり、それに関わる様々な教育・研究機関を設立していきます。その一環として、生活における芸術の力、日常のデザインの優れた例を示し、国民の美意識やつくり手の表現力を高める目的で、工芸・デザインに関する国立博物館(現在のヴィクトリア&アルバート・ミュージアム、右上図)を1852年ロンドンに設立しました。
これは世界初の工芸・デザインの博物館にあたり、その後の欧米諸国、そして、日本の博物館設立のモデルとなっていきました。
このようにイギリスにおける「芸術」は、造形的なもののみならず、暮らし、生き方、社会改革等にも関わる領域であるので、それらを通して多角的にイギリス文化をみることができます。今年のセミナーでは、様々な事例を取り上げて分析し、学生たちはその「芸術」の意味するところを自分たちの言葉で表そうとしています。
ところで私は、昨年1年間、前掲の「ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(以下V&A)」で客員研究員として調査研究活動をしていました。以下では、そのV&Aの様子を紹介することにしましょう。
世界一の規模を誇る収蔵品は、さらに年々増え続けています。古代に遡るもののあれば、みなさんがよく知っているところでは、ヴィヴィアン・ウエストウッド(左上図)等の現代の作品も集められ、様々な時代の世界中のモノを収集・展示対象としています。ミュージアムでは展示だけでなく、たくさんのイヴェントを通して教育普及活動を行い、また、王立美術大学院の研究教育機関としての機能も有しています。
館内外には多数の資料・研究室があり、その一室(右上図)では、古い図面や、デザイナーが描いた作品の原画等を手に とって間近で見ることができます。この資料室には私が今研究しているウィリアム・ド・モーガン(1839-1917)というデザイナーが描いたタイルや陶器の原画等も2000点以上所蔵しており、昨年は、これらの資料を使って、東京でド・モーガンを紹介する展覧会を行いました。
今秋は、ド・モーガンのタイルとともに、そのタイルによる空間を再現する展覧会を愛知県で行います。愛知に行くことがあれば、是非のぞいてみてください(「世界のタイル博物館」常滑、9月~12月)。ヴィクトリア時代の生活空間の様子がわかる展覧会です。
この他、V&A内には、国立芸術図書館(左図)があり、芸術・デザインに関わる古文書から近年の出版物まで揃っています。昨年度の卒業論文セミナーの学生には、日本で入手できない文献資料を私がこの図書館で撮影して送りました。古いところでは、この図書館にある300年以上前に書かれた文献を扱って卒論を書き上げた学生もいます。みんなよくがんばりました!!
館内はとても広いです。疲れたら、あちこちにくつろぎの空間があります。展示室には椅子が配置され、中庭にはゴロリとできる芝生があります。すぐ北にはハイド・パークが広がり、豊かな自然の中で人なつこいリス達とのんびりと過ごすこともできます(右図)。
館内に戻れば、空腹を満たすレストランがあります。このレストランも歴史的にとても意義ある施設です(1865年建設)。ウィリアム・モリス等の当時の著名デザイナーが計画に関わったことはよく知られていますが、外食産業がまだ確立しておらす、女性が外食することの稀であった時代に、レストランを、しかもミュージアム内につくることは画期的なことでした。これが発端ともなり、やがて外で食事をすることがレジャーの一つとなっていったのです。単なる作品陳列施設ではなく、文化複合施設をつくろうとした構想の豊かさを感じますね。
セラミックで室内全体を装飾したレストランの一つ(左下図)は、当時の人々の目には今以上に煌びやかに映ったことでしょう。
ここではロンドン留学中の夏目漱石も食事をして、今でいう「ステーキ」を食べたようで、その「食欲」が、漱石のロンドン「精神衰弱」説を覆すことにもつながっているようです。宮城学院で教鞭を執り、本学校歌作詞者でもある土井晩翠も、漱石の案内でV&Aを見学したようです(https://sakunami.exblog.jp/)。
このようにミュージアム一つをとっても、イギリスには文化の層の厚さ、それを広く共有しようとするふところの深さ、さらには新たな価値観でそれを展開していこうとするダイナミズムが感じられますね。英文学科では、こうしたイギリス文化を研究したり、それに学びながら日本からは何をどう発信できるのか、学生たちと模索したりしています。そして、学生たちは、イギリス文化を読み解くツールとして、また、発信のためのツールとしても、日々英語力にみがきをかけています。