生活文化デザイン学科の林 基哉(はやし・もとや)です。
専門は建築環境学です。
今日は宮城学院女子大学で行われている研究のひとつの……文化の香りある宮城学院キャンパスのイメージからは連想しづらい……とある実験室の様子を紹介したいと思います。
生活文化デザイン学科の構造材料実験室や建築環境学実験室では、この10年間、ひそかにシックハウスシンドローム、特に住宅の化学物質による健康被害に関する研究が行われてきました。
現代の住宅や建築では、多くの新建材が使われています。例えば、木目のきれいな木材でも、その中には、接着剤で固めて作った合板やパーティクルボードなどが、一般に使われています。床や壁、家具などの中に、多くの場合このような材料が使われています。
このような材料からは、人工化学物質が少しずつ揮発し続けます。この化学物質を吸い続けると「化学物質過敏症」を発症する場合があります。化学物質過敏症になると、一般の人ならば何も感じない新聞のインクや化粧品のほんの少しの香りでも、うずくまるほどの症状が出てしまいます。もちろん社会生活はできなくなり、化学物質の発生や侵入を抑えるために部屋中をアルミ箔で覆って、新聞や雑誌やテレビも見ることができず、閉じこもって生活するしかない人たちがいます。
この病気にかかった人たちは、「現代の豊かな生活の裏には、恐ろしい危険が潜んでいる」と訴えています。これは化学物質に囲まれた日本では、一部の人たちだけの問題ではありません。「化学物質過敏症の潜在患者は、日本人全体の10%以上にもなる」と指摘する医学者もいます。
日本の住宅は、近年気密化されてきました。これは室内の暖かさや省エネのために重要なのですが、これが室内の化学物質濃度を高める一因になってしまいました。
ところが、気密化しても隙間は残っており、床下のシロアリに対抗する薬剤や、壁の中の様々な建材からの化学物質は、その隙間を通って室内に入ってきてしまいます。とても複雑な現象が住宅で起きていました。
宮城学院の実験室では、国土交通省や厚生労働省と協働で、床下など建物各所で揮発した化学物質が、どのように居住者の口元に近づき、そして吸い込まれてしまうかを、写真の実験体(木造住宅のスライスモデル)やコンピュータ・シミュレーションを使って解明しました。
これは多くの卒論生や大学院生の努力の成果でもあります。中には自らのアトピーや化学物質過敏症に悩みながらのファイトもありました。この研究は、日本の建築基準法のシックハウス対策改正という形で、多くの被害の予防にもつながったことと思います。
しかし、他の国々では、多くののシックハウス問題が発生しており、深刻な状況にあります。化学物質過敏症のような化学物質長期暴露によるものだけではなく、高濃度の短期暴露による中毒によって、多くの犠牲者が発生しています。新興国の大都市の調査では、新築住宅のほとんどが基準値を超えていたと報道されています。また、研究者の推定では1年で何万人ものシックハウスによる犠牲者が出ていると指摘されている国もあります。日本では一定の対策がなされたと言われていますが、これからも多くの研究課題が残されています。
2004年、構造材料実験室に木造住宅のスライスモデルを建設。建物内部にある隙間をことごとく測定して、戸建住宅の隙間ネットワークモデルを始めて完成させました。このモデルがコンピュータシミュレーションによる住宅の化学物質汚染の解明を可能にしました。
2005年の建築環境学実験室での実験では、建物内部の隙間を改良して化学物質の移動が抑制できるか、実験しました。2003年の建築基準法のシックハウス対策改正の効果の検証でもありました。
2010年現在まで、建物内部の空気の動きを可視化して、床下等からの化学物質やカビの動きを見ようと試みています。化学物質の使用抑制は、逆にカビやダニなどの生物汚染の危険性を高めています。アレルギー患者の増加などの背景となっている現代人の体質変化が、住宅に求める新たな条件を生んでいるようです。先進国においても新たな条件を満たす住宅の研究が求められています。