私は、どこにでも顔を出す神出鬼没の行動派ストリート系キリスト教研究者です(写真①秋葉原)。
中村光作人気漫画『聖☆おにいさん』を愛読していますが(写真②)、授業では、主に古代の神話や恐怖の物語などを取り上げています。古代資料には、現代にも十分適用できる古代人のリアルな生活体験が織り込まれているからです。
それを引き出して、暴力、死刑制度、男性支配の構造、格差、貧困、平和(写真③水爆実験に遭遇した第5福竜丸)、社会的正義、セクシュアリティ(写真④プラトンの『饗宴』におけるエロスに関する講義風景)、生きる形の多様性などの現代の諸問題とつないでいくことが、私の研究方法です。ちょうど織物にいろいろな模様が織り込まれているのと同じように、文字として書き残された古代資料――「テクスト」と呼ばれています――には古代人のいろいろな思いや複雑な社会状況が織り込まれています。
古代資料の研究は、文献学(フィロロギア)としてヨーロッパで始まりました。それは、世界と人間の基本を学ぶ上品な学問です。ほんの少し古代世界へと皆さんをご案内します。
たとえば、『創世記(そうせいき)』という書物が聖書の最初に置かれています。その冒頭には、「初めに神は天と地とを創造した」と記されています。でも、「神が天地を創造する」瞬間を誰か見ていたのでしょうか。まさかそんなことありますまい!
それは神話的表現です。それは、古代人の世界観――「世界の主体は神である」――を言い表していると理解できます。しかも、それが、元のヘブライ語テクストでは、まるで何回も推敲(すいこう)されたかのように、一字一句すきのない力強い文章になっています。
『出エジプト記』には、「殺してはならない」という有名な戒(いまし)めが記されています。それは、「人は人を殺すことはないであろう」との願望が込められています。人が生きていくためには、殺されないことが条件です。それは現代にとっても重要な戒めです。
『申命記(しんめいき)』では、貧しい者に手を「大きく開くこと」が強調されています。これはまさに、手の届きにくい所に手を伸ばす、あるいは、かゆい所に手が届くような社会福祉的活動――「アウトリーチ」――の理論的根拠です。
『ルツ記』は、生存の危機にさらされた女たちが生き残りをかけて、血を見る決断をしながら自らの過酷な運命を切り開いていく本音の生き様を描いています。
クーデター計画、不倫、婦女暴行などの王家内の不和が繰り返されるダビデ王位継承史では、肉体の論理が理性を上回る仕方で女性が犠牲にされ、血みどろの権力闘争が劇的に展開されています(『サムエル記・下』9-20章、『列王記・上』1-2章)。
エロス回復の抒情詩『雅歌(がか)』では、「君の目はハトのように美しい」「君の口は紅(くれない)の糸のようだ」「君の髪はヤギの群れのようだ」などといった、自分の恋人の身体的特徴を描写する歌――「ワツフ」というアラビア文学の手法――がシンフォニーのように響き渡っています。
「いっさいは空である」という深い人生洞察(『コヘレトの言葉』1章2節)や、成功を収めている者のために「心を悩ますな」(『詩編』37編7節)という体験知もあります。
潤いなきこの世界に「正義を流れさせよ」(『アモス書』5章24節)という高邁な社会的正義を表明した言葉や、「つるぎを打ちかえて、スキとし、やりを打ちかえて、カマとする」(『イザヤ書』2章4節)ことを平和として掲げた言葉も含まれています。
短命ながら人々の記憶に鮮明に残る足跡を残したイエスの生涯も見逃せません。
とにかく、古代人は、体でモノを考えていたような気がします。たとえば、「子宮」(レヘム)というヘブライ語の複数形が「あわれみの感情」(ラハミム)の意となります。「哀れに思う」は、ギリシア語では「はらわたが動かされる」と表現されます。ですから、私たちも自分の体で古代の物語を味わうことが大切です。そこから違った世界が見えてきます。そして、その世界が現代の私たちとつながっていることも実感されます。まさに「アリス・イン・ワンダーランド」です。いったん古代の物語や考え方に引き込まれたなら、もうすでに「アリス・イン・ワンダーランド」状態です。
ついでながら、私は、古代の書物としての聖書(ビブリア)――厳密には「小さな諸文書の寄せ集め」の意――以外に、古代末期の地中海世界における多様な思想状況を読み解く上で重要な意義を持つナグ・ハマディ文書のコプト語テクスト(写真⑤ファクシミリ版テクスト)にも取り組んでいます。その中に伝えられる最も短い美しいイエスの言葉「過ぎ去りゆく者であれ」(『トマスによる福音書』語録42)は、定住地や固定観念にこだわりを持たなければ人はいかようにも自由に生きていける可能性を示唆しています。
ぜひ宮城学院で学んでください。そして、生き苦しさから解放され、自分の狭い殻(から)を破ってください。