音楽科 准教授 太田峰夫

こんにちは。音楽科の太田峰夫です。専門は音楽学(西洋音楽史)です。

みなさんの家の肉じゃがには豚肉が入っているでしょうか。それとも牛肉でしょうか。大ざっぱに言えば、東日本は豚肉派が多く、西日本は牛肉派が多いそうです。わたしは関東出身で豚肉派だったので、関西出身の妻が最初に肉じゃがを作ってくれたときには、衝撃を受けたものです。どちらの歴史が古いのか、知るよしもありませんが、きっと料理法が伝播する中で、材料が変わっていったのでしょう。

わたしが「西洋音楽史概論」で教えている「グレゴリオ聖歌」の伝播の仕方も、このレシピのケースとよく似ています。グレゴリオ聖歌は中世の教会で歌われた典礼音楽ですが、レパートリーが修道院から修道院へと、「伝言ゲーム」のように伝わるなかで、旋律が変化し、どんどん多様化していったことがわかっているのです。もちろん、伝播しながら姿を変えていくタイプの音楽なので、どのヴァージョンが「決定版」なのか、簡単に決めることはできません。それはちょうど、豚肉入りの肉じゃがと牛肉入りのそれとのどちらが正式なのか、うかつに決められないのと同じ話です。

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当初の「グレゴリオ聖歌」がどのような音楽だったのかという問題もたしかに面白いですが、わたしがいっそう興味をおぼえるのは、「伝言ゲーム」そのもののメカニズムです。伝承の中で、旋律はどのように変形していったのか。変形の背景には、どんな要因が働いていたのか。一つの現象を何度も、いろいろな角度からとらえかえすことで、問題となっている時代の文化の状況が少しずつ見えてきますし、そことの比較から今日の文化の問題点がうかびあがってくることもあります。その点から言えば、音楽学はじつに多くのことを学べる学問なので、なるべくその面白さが伝わるように、工夫を重ねながら毎日を過ごしています。チャンスがあれば、みなさんもぜひ講義を聞きにきてください。