2022年度入学式 学長式辞

たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。
(コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章2節)

 

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 皆さんは、これから始まる大学生活に大きな期待を抱きながら今ここに座っておられます。一方で私たちは、おめでとう!の言葉を口にすることに大きなためらいを覚える世界に、今生きています。破壊された街々、泣き叫ぶ人々をテレビで見ない日はありません。マリウポリの瓦礫の下に埋もれる230人の子どもたちが一体何をしたというのか、そう問わない日はありません。
 11年前、私たちは同じ問いを抱きました。一体、何をしてあの人は命奪われ、一体何をして自分は生き長らえたのか。多くの人たちがそう問いました。そして知りました。理由などない!義しい人が生き、罪深い人が死ぬ、などということは一切ない!そして私たちは、「生きる」というよりも「生かされている」という感覚を持ったのでした。
 
 第二次世界大戦中のユダヤ人強制収容所での体験と思索を綴った書「夜と霧」を著した、ヴィクトール・フランクルというオーストリアの精神科医がいます。彼の診療室にある日、一人の老医師が訪ねてきました。彼は2年前に最愛の妻を亡くし、未だに、その痛手から立ち直ることが出来ずにいました。「妻のいない人生なんて、生きていたって仕方ない」、そう彼は言いました。フランクルは尋ねます「もし仮に、奥様よりも先生のほうが先に亡くなってしまったとしたら、何が起こったでしょう?想像してみてください」。老医師は答えます「もちろん妻は、苦しんでいると思います。ちょうど今の私と同じように」。フランクルは言いました「あなたはもう答えを見つけられました。奥様はその苦しみを免れることができた。そしてその苦しみから奥様を救ったのは、先生、あなたなのです。あなたは今、奥様が受けたはずの苦しみを、奥様に代わって苦しんでいるのです」。老医師は黙ってフランクルの手を握り締め、診療室を去って行きました。
 
 この診察室で起こった出来事は「苦しみと慰めの交換」である、と言うことが出来ます。皆さんが本学に入学されたのも、究極的には、私たちの生きる「悲しみ」を「慰め」に、そして私たちの「弱さ」を「強さ」に交換するためである、と言えるかも知れません。宮城学院の前身、宮城女学校は1886年(明治19年)、プロテスタント・キリスト教のミッション校として開学しました。今年の9月で満136歳です。明治期のキリスト教会がなぜ他に先駆けて女子教育を始めたか。それは当時の女性たちが社会的にとても弱い存在だったからでした。
 しかし「弱さ」は、けっしていつまでも「弱さ」に留まるものではありません。初代校長エリザベス・プールボー先生が日本に向けて出立する直前、彼女のための送別礼拝がペンシルバニア州ハリスバーグのセーラム・リフォームド教会で開かれました。その礼拝で彼女が選んだ聖書は「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される。わたしは弱いときにこそ強い。」というコリントの信徒への手紙Ⅱ 12章9-10節の言葉でした。「わたしは弱いときにこそ強い」 この言葉が、アメリカ東海岸ペンシルバニアから西海岸サンフランシスコまで1週間をかけて鉄道で大陸横断し、さらに20日間の船旅を経て横浜にやってくる31歳の独身女性を、どれだけ励ましたことでありましょうか。プールボー先生が旅立ちに際してこの一節を選んだ理由が、痛いほど分かります。
 
 創始者のこのような思いで建てられた宮城学院は、以来、時代を切り開く女性たちを輩出してきました。その証拠をNHKの朝ドラに見ることが出来ます。ご存知のように朝ドラのヒロインと言えば、たくましく逆境を生き抜く女性を描くのが定番ですが、本学院の同窓生から2名が、これまで朝ドラ・ヒロインのモデルに選ばれていることをご存知でしょうか。1986年「はね駒」のモデル磯村春子さん、日本の女性ジャーナリストの草分け、そして2019年「なつぞら」のモデル奥山玲子さん、日本の女性アニメータの草分けです。日本全国広しといえども、NHK朝ドラのヒロインを二人輩出している女学校は他にないと思います。
 
 宮城学院女子大学は昨年度、私たちの教育理念を示すものとして「愛のある知性を」という言葉を制定しました。皆さんは大学でたくさんの知識を学ばなければなりません。しかしそうしたすべての知識は、最終的に「愛」という、他者との関りに結実しないと意味がない、そのことに本学は気付かされました。式辞の冒頭でお読みした聖書の言葉「たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい」は、まさに「愛のある知性」こそが、私たちが本学で目指すべき目標であることを教えてくれます。
 
 保護者の皆さん、本日は入学式にお運び戴き、本当にありがとうございました。保護者の皆様をお迎えしての入学式は3年ぶりです。今年の入学式には、どうしても保護者の方々をお迎えしたい、と強く願っておりました。コロナだから仕方ないと諦めてばかりいると、私たちはいつの間にか大切なものを失ってしまう、そう思っておりました。保護者の方々をお迎えしてよいか、ではなく、どうしたらお迎えできるか、と考えました。こうして皆様とご一緒に入学式をお祝いできますことを、心から嬉しく思っております。本当にありがとうございました。
 
 本日、ご入学の皆さんの大学生活が、卒業・就職にいたるまで、豊かに神様の守りのうちにあることをお祈りいたしまして、学長からの式辞といたします。
 本日は、ご入学、誠におめでとうございました。

 

2022年4月4日
宮城学院女子大学
学長 末光 眞希