道路標識と文字

菊 地 恵 太(日本文学科 准教授)

 日本語学・日本語史担当の菊地です。日本で使われている文字(漢字など)の歴史に興味があるので、身の回りにある文字がよく気になります。
 突然ですが、下の写真の道路標識をご覧下さい(宮城県内某所にて撮影)。

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kei2 …見づらいですね。柱が錆びて民家の敷地の中に傾いてしまっていたので、お宅に侵入するわけにもいかず、敷地外から遠くから撮らざるを得ませんでした。「静」という漢字が大きく書かれ、上側に「静かに」、下側に「QUIET」と、日本語・英語が両方書かれています。
 これは昭和25(1950)年から35(1960)年まで、当時の「道路標識令」の下で設置された道路標識です。つまり、60~70年ほど前の貴重な標識なのです。
 この「静かに(405)」という標識は、現行の「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」(昭和35年12月施行、以下「現標識令」)で廃止された、「指導標識」という種類のものです。右の「警笛鳴らせ(406)」も当時の指導標識で、「SOUND HORN」という英語も書かれています。
 現標識令の「警笛鳴らせ(328)」(昭和38年制定)は「規制標識」という種類になりましたが、文字は書かれず図柄だけになっています(標識名称の()内の数字は、法令で各標識に割り当てられている(いた)コード番号です)。

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 下の標識も、県内某所で撮影した「警戒標識」(正方形の黄色いやつ)の一つですが、これは一体何の標識でしょうか…

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kei5 「文」「SCHOOL」という文字が読めます。旧道路標識令の下で制定されていた古いデザインの「学校あり(208)」の標識です。現行の「学校、幼稚園、保育所等あり(208)」(昭和38年制定)は子供が2人並んで歩いている図柄になっていますが、それに比べると随分と躍動感あふれる絵です。飛び出しは絶対にやめましょう。

(余計な話ですが、現標識令施行後の昭和35~38年の約2年半の間だけ、子供が2人左を向いて並んでいる「学校、幼稚園、保育所等あり」の標識が制定されていました。かなりのレア物なので、宮城県周辺での目撃情報を募集しております)

 さて、以上の道路標識を比べてみると、旧道路標識令の下での標識では日本語・英語両方の表記があったのですが、現標識令の標識では図柄だけになっていることが分かります。昭和25年といえば終戦後間もないころで、まだアメリカ軍などの連合国軍の占領下にあった時代です。そういった世相もあってか、当時は標識にも英語を併記する必要があったようです。
 現標識令の昭和38年の改正以降は、規制標識・警戒標識から英語の表記はなくなりましたが(単位のm、tを除く)、近年になって英語表記が追加された規制標識がありました。平成29(2017)年の改正で、「徐行(329)」「一時停止(330)」の標識に「SLOW」「STOP」と英語が併記されるようになっています。

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 確かに「止まれ」と「徐行」の標識は図柄でなかなか表しにくいのか、それまでは日本語の文字しか書かれていなかったものです。旧道路標識令の「一時停止(408)」(昭和25~35年)は黄色の八角形、改正前の現標識令の「一時停止(336)」(昭和35~38年)は赤い八角形で、「STOP」の英語表記もありました。昭和38年に現在の逆三角形の標識となり、英語表記がなくなったのですが、増加する国外からの観光客などにも分かりやすいように、英文を「復活」させた形になったわけです。

 というわけで、あまり日本語学と関係なさそうな話(半分趣味)になりましたが、こうした道路標識を探ってみると、実は日本での文字・表記に関する様々な歴史や事情も見えてくるものです。 (次回に続く)

 

※現行の標識の画像は国土交通省ウェブサイト「道路標識一覧」による
/www.mlit.go.jp/road/sign/sign/douro/ichiran.pdf