1年生にリサーチの仕方やレポートの書き方を指導する「基礎演習」という科目があります。教え方は各教員の自由なので、私の演習では、西洋史の史料を読み込むことを通じて情報の分析能力を養うことを目指しています。最初に学生と読んだ史料はシャルル・ペローの「サンドリヨン」(工藤庸子訳)、シンデレラの物語です。この話は、ルイ14世の宮廷において貴婦人たちのために書かれたれっきとした宮廷文学です。この作品からヴェルサイユの文化、貴族の生活を読み取ろうというのがセッションの狙い。さて学生の反応は。
最初に目につくこの話の「宮廷文化」は、やたらにファッションに関する用語が登場することです。「赤いビロードのドレス」「イギリス製のレース飾り」「金の花柄マント」「コルネット」「つけぼくろ」などなど。お洒落がステータスを示す貴婦人たちにとっては、無関心ではいられないトピックだったはず。「つけぼくろはなぜ?」という質問が学生から出ました。
サンドリヨンは継母とその娘たちにいじめられます。「なぜ彼女の父親が助けに出て来ないのか?」という鋭い問いがあがりました。もしかしたら父親は財産目当てで再婚して、妻に頭が上がらなかったのかも知れません。貴族といえども、現金収入は必ずしも豊かではなかったのです。
ちなみに、継母がサンドリヨンをいじめたのは、「この子の美点のおかげで、自分の娘たちの憎らしさが、いっそうきわだって見えるのが、我慢にならなかったのです」とあります。「このお母さん、自分の娘の悪さを認めているだけすごいじゃないですか」と指摘した学生も。確かにこの継母の美点(?)は見落とされがちです。サンドリヨンが王子に見初められた謎の美女であったことが判明した時、姉たちは平謝りしますが、継母はどこかに消えています。危険から素早く雲隠れするのも、貴族社会で生き残るスキルの1つ。
ペローは「サンドリヨン」の末尾に2つの教訓を付けています。1つは「優しい気だてこそ美しさにまさる」。サンドリヨンの優しさが幸運を招いたというのですが、「でも、王子が見たのは彼女の顔だけですよ」という当然の反論が出ました。若桑みどり著『お姫様とジェンダー』(ちくま新書)などを参考に良いレポートが書けそうです。
残念ながら多くの学生は見逃してしまいましたが、この話では、2つ目の教訓が面白いのです。サンドリヨンは名づけ親である仙女の助けで出世するのですが、「いくら才知や分別があっても、引き立ててくれる名づけ親がいなければ意味はない」がその教訓。つまり「コネこそ全てなのだあ!」というオチで話が終わるのですが、これは確かに宮廷人生の極意です。シンデレラは実はシビアな現実の物語だったという事実、学生たちは納得したでしょうか。
(栗原健 キリスト教学)