一般教育科に所属し、主に外国語(英語)を担当している、木村春美です。
専門領域は第二言語習得です。聞き慣れない名称かもしれませんが、日本では多くの場合、英語教育・英語学習を意味することになります。
ここでは、この分野の知見から、主に母国語以外の言語を学ぶときに大切なことを10項目に分けてお伝えし、クイズ2題で締めくくります。
今、学校の外国語の授業で行き詰まりを感じている人、大学での外国語の授業はどのような内容なのだろうと思っている人、大学生になったら新しい外国語に挑戦したいと思っている人、そんな方々にぜひ読んでいただいて、新しい言語を学ぶ不安感を軽減しつつわくわく感を共有したいと思います。
1. 知識から技能へ
言葉の学びは、楽器の演奏や自転車の練習に似ています。
「英語の数えられる名詞には冠詞が必要です。初出は “a” ですが、二度目からは既知情報となるので “the” です。」と習って知っていても(知識の獲得)、正しく使える(技能の育成)わけではありません。実際、冠詞は、特に日本語のように冠詞を持たない母国語話者にとって一番習得が遅い(難しい)文法項目のひとつだと言われています。指の動かし方を説明できても、ピアノが弾けないのと似ていますね。
技能として使えるようになるためには、練習が必要です。練習と言っても、空欄に適切な冠詞を入れる事ができるようになる練習ではありません。必要に応じて、気付きを大切にして使いながら学ぶことです。
2.リズムこそ言葉の命
英語の “Thank you.” は、「ありがとう。」だと習います。でも、言い方と使うタイミングや状況では、「こちらこそ。」という意味で使えます。“THANK you.”と言われて、「いえいえ、こちらこそ感謝しています。」と伝えたければ、リズムを変えて後ろを強く、”Thank YOU!” と返せば良いのです。
さらに、上司が部下を自分の部屋に呼び出しておいて、自分の用事が済んだとたんに何かまだ言いたげな部下を制して、“Thank you.” とはっきりと一語一語区切るように言えば、「(もう用はないから)さっさと出て行ってくれ。」という意味で言っています。
同様に、”Please.” は丁寧な依頼と学ぶことが多いですが、たとえば授業中にうるさくして周囲に迷惑をかけていたとします。先生が、”Get out of the classroom. PLEASE!” と(怖い顔で)おっしゃったら、それは強い命令です。
言葉の使い方と同時に、リズムや抑揚を身体で覚える学習は効果的です。
3. 量 (と愛情) がものを言う
幼児が初めて言葉を発するのは1歳半くらいですが、それまでに周囲の大人たちから様々な語りかけがなされています。つまり、優れた統計学者である赤ちゃん(の脳)は自分に語りかけられる人間の言葉を大量に聞いていて、得た情報を分析し、9ヶ月くらいで、その言語の音(とそのパターン)を聞き分けることができるようになっていきます。
MITのDeb Roy教授は自分の子どもの言葉の成長を家中にビデオカメラとマイクを仕掛けて記録しました。赤ちゃんに直接(愛情を込めて)語りかけられる言葉とその量、そして赤ちゃんのことば (water) の成長が見事に記録されました。
これは母国語の成長を研究したものですが、言葉の学びに必要な量と環境について考えるとき、外国語の学びに関しても示唆に富んだものです。
4. 語彙力は宝
言葉は単語だけで成り立っている訳ではありません。とはいえ、単語は言葉の重要な積み木であり、単語なしに言語は成り立たないことも事実です。
たとえば、英語の母国語話者は少なく見積もっても20,000語(活用や派生語をまとめて一語とする)の知識があると言われています。現在の学習指導要領によれば中学校で習う語彙は約1,200語ということを考えると気の遠くなるような数字です。
その一方で、ニュージーランドのUniversity of Wellingtonで教鞭をとるPaul Nation教授は、第二言語の語彙学習に関する専門書や論文を2,000語レベルの語彙(プラス必要最少限の専門用語と学術用語)だけで書き上げてしまいます。使用頻度の高い重要な語彙を知っていれば、物事を深く語ることができるのです。
基本的な語彙の学習は初習外国語の場合さらに重要です。研究者の中には、最初の一年は語彙を集中的に学ぶ学習方法を勧める人もいるくらいです。
写真1ではお手製単語カードを作り、ゲーム感覚で仲間と学び合う活動を行っています。繰り返し、少しずつ間隔を空けて練習し、定着するまで根気よく続けることで、確実に使える語彙を増やすための学習です。
語彙は言葉の4技能 (話す・聞く・書く・読む) の育成と深く関わっていて、語彙が増えれば技能レベルも上がり、技能レベルが上がれば語彙知識も深まります。語彙の学習と技能の養成は持ちつ持たれつの関係にあると言えます。
5. 自己開示と自己表現
言葉と自己の間には、切っても切れない関係があります。言葉はそれを使う人の人となりを表しているからです。
言葉の学習も、学んでいる言語で自己表現することが、楽しく、かつ使える言葉の学習となります。教室の学習場面でも、出身地や好きな音楽・スポーツ・本・食べ物などを話題にして、ある程度の自己開示を前提に教室活動を組み立てます。言葉を学びながらも、自分について仲間に知ってもらい、仲間のことをより良く知る活動にすることで、現実に近づけることができます。
写真2&3では、楽しかった旅について写真やイメージを貼付けたり絵を描いたりしてスクラップを用意し、ポスターセッションをする活動を行っています。発話は多少たどたどしくても、内容を伝える本物のコミュニケーション活動です。
6. 身振り手振りじゃ、恥ずかしい?
海外旅行から帰国した人が、身振り手振りでなんとかなった、といささか自嘲気味に報告してくださることがあります。それはそうでしょう。同じ人間同士、状況からわかることも多いはずですし。
でもそれだけではありません。人間同士のコミュニケーションでは、言葉そのものによる情報の伝達より非言語(ノンバーバル)による伝達のほうが、より多くの意味を担っていると言われています。つまり、身振り手振りも言語のうち、それぞれの言語で異なり、(目だけでなく)手や体の動きも口ほどにものを言うのです。
たとえば、相手に自分の方に来てほしい時、英語と日本語では手の向きと動きが逆で、誤解を生みかねません。言葉に付随する身体動作を学ぶのも語学学習の一部なのです。
7. 書き言葉のコミュニケーション
コミュニケーションというと、発話によるものを思い浮かべがちですが、書くこともコミュニケーションの手段です。
外国語で情報発信する、と言った場合、当然読み手を意識していて、相手に有益だと思う情報をよりわかりやすく伝える工夫が必要です。
写真4&5のポスターセッションでは、各自が作ったレストラン・ガイドを展示しています。オススメのレストランやカフェ、パン屋さんなど、一押しメニュー入りで紹介したものを見て、食べ物の話題で盛り上がっています。
内容を伝える本物のコミュニケーション活動は、書き言葉にも当てはまります。ちなみに、このガイドはわたしも活用させていただいています。仙台に来て3年目、まだまだお気に入りのレストランやカフェは開拓中ですから、貴重な情報源です。食いしん坊コミュニティ、万歳。
8. 繰り返しと振り返りの妙
昨今の脳科学の発展には目覚ましいものがあります。長期記憶と呼ばれているものが、実はそんなに安定した記憶ではないという事実も明らかになってきました。つまり、覚えたつもりでも、忘れるものなのです。
言葉の技能も、使い続けなければ錆び付いてしまいます。それに、言葉に限らずどんな分野の技能でも、エキスパートになるには10,000時間の学び(練習)が必要だと言われています。
知識や技能を繰り返し定着させることが重要である一方で、ただやみくもに繰り返すのではなく、振り返り、改善を試みながら繰り返すことが大切です。
製造業において作業者ひとりひとりが知恵を絞って改善を目指す過程を表すkaizenが国際語になったように、英語のパーフォーマンスでも、次はより良くを目指すことで学習効率・効果は上がり、より主体的な学びを実現できます。写真6&7は、インターアクションの様子をビデオに記録し、次への改善点を模索する活動を紹介しています。
9. 言葉は文化
たとえば、英語によるコミュニケーションではお互いの名前を呼び合うことが多い事にお気づきでしょうか?
朝あいさつするときも、日本語なら「おはよう。」「おはようございます。」だけで自然ですが、英語では “Good morning, Harumi!” という方が一般的です。その後に続く事が多い “How are you?” なども、元気かと尋ねているというより、挨拶の一部として形式的なものである事の方が多いようです。
日本に長く暮らす北アメリカ出身の友人たちが、母国に帰ると、”Are you genki?” と聞きたくなる、と言うのを耳にします。日本語の「元気?」にあたる、親しみを込めて、相手を優しくいたわるような響きとニュアンスを持った表現が英語にはないと言うのです。
また、職場などで「お疲れさまです。お先に失礼します。」と挨拶したいときに、”You must be tired. I’ll leave before you do.” とそのまま訳して言っても、全くもって意味不明、失礼でさえあります。”I’m leaving. See you tomorrow!” では、伝えたい気持ちが伝わらないと感じるのは、わたしが日本文化の中で純粋培養された日本語話者だからでしょうか。
こんな小さな事からも、言葉と文化は切り離せないことがわかります。そのすべてを一気に学ぶことなどできないし、その必要もないのですが、このような小さな違いの発見を楽しいと思えたら、もうあなたは外国語学習の達人へ一歩踏み出したようなものです。
10. 英語は多様
今まで、外国語の学び一般に当てはまるお話をしてきましたが、この項では英語について考えます。
英語は国際語と呼ばれるようになりました。これには、使えると何かと便利だという実利を超えた意味があります。特定の国や地域を越えて、多文化間でのコミュニケーションの手段となったことで、特定の英語文化における規範を知って順応することより、様々な母国語の背景を持った人たちと相互理解を深めながら交流できることのほうが重要になったということです。
その結果、使われた言葉や表現が、それを発した人にとってどういう意味を持つのか、どういう働きをしているのかにより敏感になり、さらにその発話に対して柔軟に対応することが求められています。この意味で、英語は使いこなすのが難しい言語になったのかもしれません。
このことについては、今ここでこれ以上議論する事はできませんが、英語を学ぶときに、国際語としての英語の発展を強く意識せざるを得なくなりました。
クイズ:次の文について考えてみてください。事実だと思いますか?
Q: Adults cannot learn foreign languages.
(大人になると外国語は学べない)
A: 学べないなんてことは決してありません。音声面の習得を除けば、臨界期を恐れる必要はないのです。人間の脳は新たな学びに柔軟です。いくつになっても学びたいときが学び時です。
Q: Multilingual brains are stronger than monolingual brains.
(多言語を話す人は脳が鍛えられる)
A: そのとおり。アルツハイマーの発症率にも差があるようです。さまざまな外国語に挑戦し続けたいですね。
最後に、言葉の学習は教室での学びだけでは不十分です。前述の10,000時間を覚えていますか? だからこそ、一緒に学ぶ仲間が必要です。長い外国語学習の道のりでお互いを支え合う仲間に巡り会えたら幸せですね。
とういわけで、教室の内外を問わず、学習者のコミュ二ティー作りのお手伝いをしたいといつも思っています。例えば、英語教員有志ではお昼休みにも様々な活動を行っています。学内掲示やホームページのイベント情報でご案内しています。ぜひ、参加してください。