食品栄養学科教授 齋藤淑子

食品栄養学科で管理栄養士を目指す学生に解剖生理学、診察診療学を教えています。また、大学の保健センター長として、全学生の健康管理に関わっています。

20数年間、母校東北大学医学部で急性白血病の治癒を目指し、研究、診療、教育に従事した後、2004年宮城学院に赴任してきました。死を意識せざるを得ない患者が、治癒を目指して治療を続ける気持ちを持ち続けられるよう、そして治りたいという気持ちに応えられるよう、24時間、1年中拘束されている生活が日常となっていましたので、赴任当時は、講義を中断するような緊急事態が起きず、スケジュール通りに過ぎていくことに不思議な感慨を抱きましたし、生命力にあふれ、飛躍を目指して学ぶ学生はまぶしく、同年代で記憶の中でのみ息づいている多くの姿を重ね合わせては、生き続けられる幸せが当然ではないことを教えられればと講義しています。

“食”を得続けるために、変身、進化の果てに、今の私たち、人間の命があります。
私たちの体を見つめると、食料確保の困難な歴史を反映していると思える、動物から確保するビタミンB12を数年分貯蔵している肝臓。太古の世界が緑豊かな大地であっただろうことを推測させる、まったく貯蔵されていない葉酸。酸素を消費してエネルギーを産生するミトコンドリアを喪失して酸素を運ぶ赤血球……というように、進化しながら合理的で無駄がない全身システムを創り上げてきた生物の一員、人間ですが、体を守ってくれる免疫システムは、酷使すると攻撃先を外敵から自身の体の構成細胞へと矛先を変え、本来の防衛的な役割が破たんし、紙一重で生命の危機をもたらす攻撃主の急先鋒となります。免疫は、自己と非自己を区別し、取り入れても良いものを瞬時に判断し、受け入れ拒否命令を発する役割も担っています。体の適応力、自由度は極めて高いのですが、細胞代謝の限界を超え、その連続は体の障害、死へとつながります。
細胞の能力をいかんなく発揮する基本は、休息、運動を含めた労働、食事のバランスです。睡眠不足も寝すぎも健康を害し、運動のやり過ぎは過労となり、その先の体調不良、さらには……、運動不足は筋力低下、骨も脆弱となり……、食事のバランス不良は、枚挙にいとまがない疾患をもたらします。

 

健康の維持は、日常生活の些細な習慣で出来ることが最も低コストです。命をつなぐ“食べる事”こと、“食べ物を得ること”は、長い人類の歴史では必死になって飢えないように粉骨砕身、全身全霊を注いで来た時間がほとんどであったと言える、習慣というには申し訳ない、命に直結する神聖な行為ですが、戦後69年目の今日では、生活習慣病に直結する行為としてとらえられています。
同じ食内容でも、疾病率の差は、民族による差があり、民族がたどってきた、食を得る長い歴史を示しているように思えます。欧米人と日本人のBMI(Body Mass Index=体重kg÷身長m÷身長m)値で、肥満判定値の違いは肥満に伴う疾病罹患リスクを反映し、日本人は、豊富なカロリーと脂肪を得ることが難しい食環境に適応し、“節約遺伝子”を持った民族といわれています。すなわち日本人は、余剰エネルギーは脂肪細胞に貯蔵する、ということをモットーとしているのです。
近年、脂肪細胞は、多くの物質を分泌する内分泌細胞であることがわかってきました。肥大した脂肪細胞は,体重増加となって人体には重力負荷を与える脅威であるのみならず、血圧上昇物質、インスリン抵抗性を起こしてくる種々の物質、血栓症を起こすような物質を分泌し、アディポネクチンというインスリン感受性を良くする物質は低下させるという、人体には踏んだり蹴ったりという暴れぶりを示します。人体を維持する食べ物の量は、過ぎたるは及ばざるがごとしです。

 

人間は外部環境にさらされながら生き抜いていかなければなりません。出生直後から半年程は母親の免疫力を借りなければなりませんが、それと同時に、体をまもるシステム“免疫”は、外界と接しながら知識を増やし、対応力を身につけていきます。
免疫、防衛の最前線が、お乳を飲むことから始まる“食行為”です。消化は、敵を籠絡し、小腸の吸収は、敵を味方に取り入れることに匹敵する行為といえます。持てる力を十分発揮出来るようになるには、それなりの経験と年月を要します。食行動が防衛システムを築きあげていくためには、親が注ぐまなざしによる観察に対応した養育が必要です。

 

環境適応力、環境との共生は、他に依存して物質を獲得し体を維持している人間にとって、穏やかで健康的な生活になくてはならないでしょう。多細胞生物への道を歩み始めたのは、細胞の一小器官となっているミトコンドリアの元となった原始細菌との共生から始まっています。日々の営みの上で、外に面している場所に棲みついた細菌から知らないうちに恩恵を受けていることもあれば、存在感を外的に表現する“臭気”で健康状態を知ることもできます。

 

気づくこと、知ることは、リスク回避への最善の方法を手に入れることにつながります。低体重の母親から生まれた人は、エネルギー枯渇に耐えた胎児環境のためか、成人後も肥満傾向が高いというエビデンス(研究結果)が明らかになって来ました。私たちは命をつなぐために、食べ物を得るために変化、進化しながら生き延びてきた末裔ですから、耐乏生活もお手の物の、対応能力や変化できる肉体を持ち合わせているわけです。ただし、窮乏への対応能力が主で、過剰への対応能力は乏しいので、生活習慣病の高率発生ということに繋がっているわけです。

 

体の仕組みを知って毎日の生活に役立てていただきたいという思いから、大人向けに生涯学習講座も担当していますが、加齢は避けられず、ストレス回避も容易ではありません。大気汚染も人を選ばず襲ってきます。が、血管内皮障害をもたらす喫煙は、自己の決断で避けられます。血管内皮は、人間の日々の営みに必要な物質を取り入れ、不要になった物質を排出する場所です。喫煙が及ぼす恐ろしさを伝えるには、豊富な語彙から生み出される、相手を思いやる気持ちに満ちた、適切な知識の伝達が必須だと考えます。
学生たちには、知識の習得、対象の観察力、知識を伝達する手段の習熟…等を期待しながら、一旦記憶、経験したことは自分の中にとどまること、自由自在に取り出すには反復繰り返しが効果的なこと、無駄な知識、経験などは何もなく、いずれどこかで目覚めるでしょう、と伝えています。生涯、分裂せず共に歩む神経細胞は裏切りそうで裏切らないし、力強く生き続けるために血管の維持は必須です。

光学顕微鏡で観察する世界は、重要な情報を私に提供し、次の行動を命じ、対応した結果を導き出す行動力の原点です。臨床研究の表現手段として以下の図でこの稿を終えることとします。