一般教育科教授 山岸喜久治

今年の3月に、「九条科学者の会」主催による「4周年記念の集い」で、2008年度ノ-ベル賞受賞者の益川敏英氏が記念講演をされました。話の主題は、「日本国憲法第九条とは何か」ということだったようですが、このときの話を後で読んで、驚きました。

 益川さんは、名古屋大学の学生のとき、同大学法学部の若手教授で、憲法学者だった長谷川正安先生を引用されて、話の口火を切られました。長谷川先生は「9条を始めとした憲法の条項の本質、意味するところはその条文だけではわからない。その条項を支える周辺法と周辺の状況を考える必要がある」と話されたとのことです。私は、物理学者の益川さんが長谷川先生の名前を挙げられたことを意外と思うと同時に、少しうれしく感じました。同じ大学の著名な教授であるとはいえ、専攻が異なり、ほとんど知ることのない憲法学者の名を出されたからです。

 実は、長谷川先生は、私の名大大学院時代の恩師で、早稲田時代から法律学への道筋をつけてくださった「護憲派の重鎮」です。益川さんがお聞きになった「9条論」にもあるように、長谷川憲法学は、法律解釈を中心とする「概念法学」ではなく、法律の回りにある現象を法則的に捉える「科学法学」でした。物理学の益川氏の注目を引いたのも、ある意味で当然のことかもしれません。

yamagishi

私は宮城学院で、憲法その他の法津系科目を担当していますが、「科学法学」の立場から、授業の内容は、現在の社会問題を広く取り上げ、その背景などに触れるものになっています。もちろん、法的側面の理解も必要なので、憲法・民法・刑法を始めとする法律の条文の説明もします。私の授業では、条文そのものが頻繁に出てきます。

 ところで現代は、「法化現象」(紛争を法問題化すること)の時代と言われ、紛争の内容も複雑でグローバル化しています。新しい法律がどんどん作られ、法改正もたびたび行われています。このため、現代法は、きわめて複雑になってきていますが、私は、国というものを「国家」と「市民社会」にわけて、いろいろな法律を国家の領域に属するのか、それとも市民社会の領域に属するのかを受講者に考えさせることにしています。前者は、「官」で、後者は「民」にあたり、それを法律の用語に置き換えると、前者は公法(public law)、後者 は私法(private law)となります。そして公法は、国家と市民との関係を規律し、私法は、市民と市民との関係を規律すると考えられます。私の授業では、この法体系の捉え方が自然と身につくように、いろいろ工夫がなされています。

 また、現在の日本の法律制度は、明治維新後に西欧から輸入されたものなので、その精神を知るためには欧米の政治史の知識が不可欠となります。現代の国家は、帝国主義の時代から、共産主義運動や社会国家論を経て、今日に至っており、私は、そのあたりの歴史的な流れと主要な出来事について、受講者によくつかんでもらえるように配慮しています。