現代ビジネス学科で「経済学」を担当している阿部浩之と申します。精神科医としての仕事を続ける傍らで、経済学についても学んできました。引き続き学生のみなさんとともに経済学を学び続けたいと思っています。さて、経済学は私たちの生活に身近な学問で大変広い分野を扱います。今日は、「労働=働くこと」をどういう風にとらえていけばよいのか、その一端をご紹介したいと思います。
そもそも労働とは何でしょうか。あまりにも日常的に使われている言葉ですが、あらためて聞かれると意外と説明するのが難しいものです。狭くとれば、生活のためにお金と引き替えに働く賃労働、広くとれば無償で行なわれる家事労働を含みます。少し理屈っぽく言えば「人間が自己の生存を維持・再生産・発展させるために、必要にもとづいて行なう対象的活動」ということになります。労働には必要に迫られて行う一面があります。
さて、みなさんは「感情労働」という言葉を知っていますでしょうか。まだあまりなじみがない言葉かもしれません。労働には、モノを対象とする労働とヒトを対象とする労働があります。ヒトを相手にする労働を「対人サービス労働」といいます。この対人サービス労働の重要な要素が「感情労働」です。
対人サービス労働では、労働者は労働対象である相手の感情を考慮する必要が出てきます。労働対象である顧客、患者さん、利用者の感情を考慮しつつ労働することが必要となるわけです。労働をスムーズに行う条件にもなると考えられます。顧客、患者さん、利用者の感情を考慮するためには労働者自身がまず自分自身の感情を管理しなければなりません。
『管理される心』という本で対人サービス労働の重要な側面を表わすものとして感情労働について議論する必要性を指摘したのがアメリカの社会学者であるホックシールド女史です。彼女は、対人サービス労働において感情労働は必要なスキルの一つであると強調しました。ホックシールドは、感情労働とは「相手の中に適切な精神状態」を作り出すために「公的に観察可能な表情と身体的表現を作る」ために行う「感情の管理」という一連の労働過程と説明します。
看護師さんを例にとると次のようになります。「公的に観察可能な表情と身体的表現を作る」とは、明るく元気で思いやりがあり思慮深く物分かりがいいように振る舞うことであり、それは「相手の中に適切な精神状態」すなわち患者さんを幸せにし、くつろいだ気分にさせることを目的として行われます。今、「振る舞う」という表現を使いましたが、感情を表現するには、表情、態度、話し方を通して相手の目に見える形で伝えることが必要になります。すなわち自分の外見をコントロールしなければなりません。これは演技と考えてよいでしょう。
この演技についてホックシールドは、表層演技と深層演技を区別します。表層演技とはいわば「ふりをする」ものであり、とってつけたような愛想笑いや肩をすくめるポーズ、計算されたため息など外面的な見え方を変えようと試みる演技です。深層演技とは、「思い込む」あるいは「持ちたいと思っている(その場面にふさわしい)感情をかきたてる」ことによって笑顔や思いやり、気配りなどが「心からの感情の表れ」のように見えるように努める演技です。
対人サービス労働の特性を「感情」という側面から検討し、「感情労働」という概念が明らかにされたことで、従来は、単なる「気遣い」や「気疲れ」といわれていたものが、「感情労働」として把握されることになりました。接客業務に携わる機会が多い女性にとって、「感情労働」について知ることは働き方を考える手がかりを与えてくれます。
最近、労働時間をなるべく短縮して自由時間を確保することの重要性も盛んに主張されてきています。ワークライフバランスといわれるものです。また、今回のコロナ禍をきっかけに広がったテレワークは、育児や家事との両立をより可能にしました。
これからも時代とともに女性の働き方は変化していくことでしょう。みなさんも、現代ビジネス学科で女性の働き方をいろいろ考えてみませんか。心よりお待ちしています。