英文学科准教授 ジョン・ウィルトシア

Human Interaction, teaching & publishing in a digital world

re2013_02a「教師」という職業は、多くの可能性を秘めた若い人達の人生に関わり、よりよい影響を及ぼすことができる、この上なく素晴らしい専門職です。

 このことは、遡ること1988年、ロンドン近郊で教職についた当時の私自身の志であり、また、宮城学院において英語・英文学を学ぶ学生たちや、教職を志す学生たちに専門的な授業を行なっている今日に至っても、その信念は変わることはありません。

一方、テキストブックを執筆するということは、直接学生に「教える」際のような刺激・情熱や、学生との親密さ・身近さは持ち合わせていませんが、最終的には非常に多くの人々へ影響を与えることが可能です。ですから、「教師」であっても「著者」であっても同じ志で取り組んでいます。このリレーエッセイでは、あえて、「著者」としての私の一面をお話しましょう。

re2013_02b私は2006年からEnglish Firsthand(EFH)シリーズの執筆に携わっています。EFHは日本の学生向けに日本で出版された4シリーズからなるテキストブックで、このシリーズはスピーキングとリスニングの課題・作業を通して学生が英語を活発に使用するという「タスクに基づいた学習」を重視しています。
 大学に入学してくるほとんどの日本の学生は“false beginners(フォルス ビギナー)” であると言え、英語における文法の規則は学習してきているものの、実践的なコミュニケーションを取れるまでに至っていません。そこでEFHシリーズは、会話をするための流暢さと、話す自信を身につけることを目指しています。

re2013_02c2010年、私はOur Discovery Island(ODI)という児童向けのシリーズを執筆する依頼を受けました。ODIは6~12歳の児童を対象とした6シリーズからなるテキストブックですが、来日する前、イギリスで小学校の教師をしていた私にとって、児童を対象としたテキストブックの執筆に携わるというのは非常にやりがいのある、素晴らしい機会となりました。
 このODIはグローバルなシリーズとして企画されたもので、現時点ではメキシコ、韓国、台湾、日本、そしてヨーロッパ諸国で出版されています。

このシリーズは昔ながらの「テキストブックで学ぶ」という学習スタイルに加えて、「オンラインワールド」を兼ね備えており、インターネットを活用して学ぶことも可能です。こうした学習方法は「blended learning(ブレンディッドラーニング)」と呼ばれていて、教育における「インターネット使用の増加」と「デジタルコンテントへの移行」を反映しています。

 「アナログからデジタルへ」という流れは出版関連に非常に大きな影響を与えています。学校で使う教科書は、将来的には紙の教科書のみならず、デジタル教科書も利用可能な状態にしなければならない、とも言われています。実際、すでに韓国は2015年からデジタル教科書のみを使用する、という方針を表明しています。日本はそのような極端な状況に流されてはいませんが、それでもやはり学校におけるデジタル教材の使用は確実に増加の傾向にあります。

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2011年の夏、ODIシリーズを執筆している最中、2週間イギリスの公立小学校を視察しました。
 イギリスの公立小学校ではコンピュータの使用がカリキュラムに組み込まれており、どの教科でも必要な際にはコンピュータを使用することができるようになっています。
 また、全ての教室に「interactive white board(インタラクティブ・ホワイトボード)」が設置されていて、昔ながらのチョークに黒板、ホワイトボードなどは姿を消していました。

 こうしたデジタルツールは、経験豊かな教師が適切に使用すれば、従来の教科書よりも学習内容をよりはっきりとわかりやすく提示することができるでしょう。また、もし適切な方向性で使用されるのであれば、児童の学習経験の幅を広げることにもつながるかもしれません。

 2012年5月、マレーシア教育省の要請で、小学校の英語教育カリキュラムに「21st century skill(トゥエンティーファースト センチュリ スキル)」(その中の一つにITスキルもあります)を組み込むために、カリキュラムの改正に取り組みました。

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マレーシアは日本と比較して、宗教および民族性の両面において非常に多様な国であると言えます。加えて、都市から離れた地方と都市近郊とでは経済事情でも大きな開きがあり、その多様性はイギリスにおける「地方と都市」よりもはるかに大きいと思います。
 こうした多様性の結果、マレーシアでは公立学校の統一カリキュラムを作ることが難しい状況にあります。特に、そのスキルが地方よりも都市でより価値があるとされる「英語」と「テクノロジー」の分野では、困難を極めているように見受けられました。

 にもかかわらずマレーシアでは、日本では重要視されていない(日本はこのスキルを気にしていないので)21st century skillに注目し、国をあげてこれに取り組んでいるのです。また、マレーシアはこれがブレンディングエクソサイズであるとしっかりと認識しており、21st century skillは、あくまでも「(これまでの教育法を否定するのではなく)現存している昔からの優れた効果的な教育法に加えるものである」としています。

 すでに述べたように、blended learningは従来のテキストブックとオンラインのコンテンツを一つのコースの中に兼ね備えています。
 私は一人の著者として、学校そして使用する側(学習者および教師)にとって実用的かつ有用な教材を作りだすために、出版に携わるチームと責務を分かち合い、熱意をもって製作に取り組んでいます。驚くことに、コースブックの製作というものは、まさに「チーム」で作り上げていくものであり、著者、編集者、エジュケーションリサーチャー、マーケティングリサーチャー、デザイナー等々、多くの仲間とともに幾度も議論を重ね、案を練り、製作していくのです。
 しかしながら、優れた教育において、常に、最も重要なことは、教師と学生、教える側と教わる側が人として触れ合うということです。

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幸いにも、私が執筆したコースブックは、日本のみならず、韓国、台湾、そしてメキシコでよい評判をいただき、よく活用されています。児童向けのシリーズについては、現在ヨーロッパの市場に向けて内容を調整しているところです。
 2012年はマレーシアで教育の専門家と仕事を共にする機会がありましたが、これまでにも、日本、香港、韓国、そしてイギリスの各国において、教育者の方々と共に仕事をする依頼を受け、そして誠実に取り組んできました。

 実のところ、過去4年間だけで24回も講演を依頼され、出かけてきました。私がいつも忙しくしている理由がお分かりいただけるでしょう!
 しかしながら、たとえどんなに多忙になろうとも、各国でそして日本各地でこのようなワークショップを行うということは自分自身の向上にもつながり、また人と人との触れ合いもありますので、大変楽しみながら取り組んでいます。

 世の中は日を追うごとにデジタル化されてきています。それは間違いありません。しかし、教師である私、また教員教育に携わっている私の、これまでの経験と実感を通して、どのような「教える」状況においても最も大切なことは人としての触れ合いだと強く信じています。今後ますますデジタル化が進む世の中であっても、おそらく逆説的なことに、人との触れ合いというものはこれまで以上に重要になってくるでしょう。