<連載コラム>病と人間 [4] 女神と病い

 

女神と病い

八木 祐子 教授

 インドは、女神信仰が盛んである。そのなかには、人々を守ってくれるやさしい女神もいれば、病気をもたらすような怖い女神もいる。私が調査をしている北インドの農村では、人々や村を守る女神はカーリー・マーイーと呼ばれている。村の女性たちが毎日、祠を拝み、結婚式の時には、花嫁、花婿が結婚の報告をするなど、とても親しまれている。伝染病など、何か悪いものが村に近づくと、カーリー・マーイーが追い返してくれると言われている。
 一方で、病気をもたらす女神も信仰されており、その代表格は、バガワティー・マーイーである。バガワティー・マーイーは、天然痘を引き起こす女神として知られている。現在では、インドでも天然痘は撲滅されているが、身体にブツブツができると、バガワティー・マーイーの仕業と言われる。かつては、バガワティー・マーイーがもたらした病いだと判断されると、特別な治療をおこなっていた。もちろん、今では、病院に行って治療してもらうが、女神への信仰は続いている。
 たとえば、ヒンドゥー教には、子どもの髪の毛を初めて剃るときにおこなうムンダンという儀礼がある。その儀礼は、バガワティー・マーイー女神を祀る寺院でおこなわれるため、北インドが最も暑い5月頃、親族一同が集まって巡礼に出かける。私もかつて村の人たちと一緒に、大人10人、子ども10人というすし詰め状態でジープ1台に乗り、11時間かけて女神の寺院までたどりついたことがあった。寺院のある街には真夜中に到着し、そこから夕食をつくり食べたので、ぐったりと疲れて眠った。翌朝、カンジス川の支流で沐浴すると、なぜか元気になり、丘の上にある女神の寺院に参拝できた。子どもたちは、床屋に髪を剃ってもらい、その髪の毛はバガワティー・マーイーにささげられた。バガワティー・マーイーは病いをもたらすだけでなく、きちんとお参りすれば、人々を守ってもくれる存在でもある。
 このように、インドの女神は、両義的な存在である。お参りを忘れると災いをもたらすが、きちんとお参りし、儀礼を欠かさなければ、女神はそれに応えて人々を守ってくれる。
インドは、かつて、世界有数のコレラや天然痘などの感染症大国であった。現在では、南部を中心に、メデイカル・ツーリズムがおこなわれるほど、先端医療をおこなっている地域もある。医療がいきとどかない時代から、村の女性たちは、子どもや家族の健康、長生きを祈る儀礼をたびたびおこなってきた。
 インドでは、コロナ患者が急増している。調査地の村では、日々の暮らしを大切にしながら、今も女神への祈りを欠かさずおこなっていることだろう。少しでもはやくコロナ・ウィルスによる感染症の流行が終息して、インドの「家族」に会えることを願って、私も日々に感謝し、1日1日を大切に過ごしたいと思っている。

*女神信仰について、私はいくつか論文を書いているので、関心のある方は、以下の本を読んでいただけたらと思います。

八木祐子
1998 「女神の身体・女性の身体ー北インド農村の女神崇拝」『聖と性の人類学』(平凡社)
2015 「北インドの女神信仰にみる社会変容」『現代インド第5巻 周縁からの声』(東京大学出版会)

 

カーリー・マーイーの祠に、お花をささげて祈る女性、毎日の礼拝を欠かさない。

 

八木 祐子 教授
研究分野/キーワード:文化人類学・南アジア地域研究・ジェンダー研究
主な担当科目:文化人類学、南アジア地域研究、海外実習(インド)
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