【備忘録 思索の扉】第二九回 「 「平和」を考える絵本」

家の近くに名取市図書館がある。メインフロアーの2階の半分以上が、絵本や児童書のスペースを占め、週末になると、4,5才の子どもたちが元気に駆け回っている。真剣に本棚を探している小学生や籠一杯に今週分の絵本を借りていく親子の姿を見て、微笑ましい気持ちになる。私が幼稚園の頃、昭和30年代には、今のような単行本の絵本というものは世の中にほとんどなかった。いとこの家から払い下げられた講談社の絵本シリーズぐらいで、今、ネットを検索してみると、有名な日本画家が挿絵を描いていたりしている。知らずによい作品に触れていたことに驚く。ちなみに、その絵本の中に「安寿と厨子王」があって、安寿と厨子王が母親と別れて、不安な表情で舟に乗っているリアルな挿絵だけは、カラーの鮮やかさと共に、今になってもトラウマのように忘れられない。子どもにとっては、絵本からの影響は思いのほか大きいものかもしれない。一人ひとりに忘れがたい思い出があるメディアでもある。

出版業界の売り上げは1996年をピークに、2022年はその半分程度に減少している。しかし、絵本の市場はコロナによる巣ごもり特需が落ち着いた中でも、微増傾向にあるという。少子化に歯止めがかからないにもかかわらず、なぜ絵本の売り上げが伸びているのかについては、いくつかの理由があるようだ。元々、絵本の出版は既刊本が主流だったそうだが、最近は様々な分野のクリエイターが絵本のジャンルに参入し、新しい作り手が生まれていることによって、読者層も子どもだけではなく大人にも受け入れられているといった事情もあるようだ。東洋経済オンラインの記事[1]によると、「絵本は、色、形、紙の質など表現の幅が広く、決まった表現がないため、クリエーターにとって魅力的なジャンル」らしい。記事は「新しいクリエーターたちが、自由さを求めて絵本に参入してきているように、本来、絵本は楽しく自由な世界だ」と結んでいる。

一般教育科目のリベラルアーツ総合「平和」の授業を松本周先生と担当している。松本先生は積極的平和、構造的暴力について、私の今年度のテーマは異文化理解や多文化共生社会について、学生に問いながら共に考える授業を行なっている。この授業には担当者毎に小テストが課せられるのだが、私のテーマは「平和を考える絵本」である。学生自身が思う「平和」を考える絵本を一冊選び、小グループに分かれてプレゼンテーションを行い、学科を超えたグループのメンバーとの対話を通して各自の考える「平和」を理解し、共有しようという活動である。子どもの頃に親に買ってもらった絵本だったり、図書館に行って司書のアドバイスから選んだものであったり、今回、本屋で自ら購入したものだったり、様々な絵本が並べられた。受講者数が180名を超えているのだが、重複しているものは多くはなく、150種程度が集まった。「平和」というテーマから、大きくは「戦争」に関するものを選んだ者と、異文化理解や多文化共生、差別、いじめといった「社会」について選んだ者に大きく分かれたようだ。紙幅の関係で詳細な書名は挙げないが、初めて知る絵本も多く、提出レポートには詳細な紹介や分析、考察が書かれているので、私自身、貴重な勉強になる有難い課題である。

学生のレポートを読むと、自分が選んだ絵本が「(平和と)違っているのでは?」という不安が大きいことがわかる。しかし、緊張しながらも、グループでプレゼンテーションをし、それぞれが考える「平和」について擦り合わせをし、共感をし、共有していく作業を通して、事前の不安や心配を超えて、メンバーとの対話自体が大きな糧になったことを挙げている者が多い。「平和」を考える絵本は、正か誤かの二者択一ではなく、「間違っているもの」はない。先に書いたように、「本来、絵本は楽しく自由な世界だ」からだ。

柳田邦男氏が興味深いことを書いている[2]。柳田は「絵本は人生に三度」と定義し、一度目は自分が子どもの時、次は子どもを育てる時、そして三度目は、特に人生後半になった時や重い病気になった時に絵本を読むことによって、人生で大事なことをすべて学べると言っている。学生たちは、今、人生の中の二度目の時期に差し掛かっている。親になることだけではない。MG生の中には職業や地域の活動を通して、子どもたちに出会い、育てる仕事につく学生も多い。今までは、受け手として親から与えられた絵本を楽しく読めばよかったが、これからは絵本を選び、伝えていく送り手側の立場になっていく。絵本に限らず、何かを発信していくことは容易いことではなく、その責任に慄くことも多いだろう。しかし、自身の何かしらの思いが相手に伝わった時の喜びや嬉しさも得難い人生の経験であり、代えがたい充実感や自信に繋がる。今回の「平和を考える絵本」の授業活動はその第一歩である。受け手から送り手へ、受信者から発信者へ、大学生の学びは、この境界域にいる時期にもたらされる。自己の存在をどう捉えていくか、そして、そこにほんの少しでもアクションが伴えば、この社会も私たちにとって、共感を伴う住みやすい場になると信じている。

一般教育部 教授 早矢仕智子

[1] 少子化なのに「絵本」市場は拡大の知られざる裏側.東洋経済オンライン.2023-06-09

/toyokeizai.net/articles/-/674644,(参照2024-03-15)

[2] 柳田邦男(2014)『生きる力、絵本の力』岩波書店

 

 

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