国際文化学科教授 マーク・ヘレガスン

英語の授業で幸せに

英語の授業と言えば、課題・語彙・文法と機能(場面による使い方)、読む・書く・話す・聞く、そして幸せになる? え? 英語を勉強することとHappiness、つまり幸福感に、いったいどんな関係があるというのでしょう。
数年前、『ポジティブ心理学』(positive psychology)について初めて学びました。ポジティブ心理学とは、自分を幸せだと思っている人々がどのように考え、どのような行動を取るのかを研究する分野です。それ以来、この学問領域の成果を英語の授業で生かす方法を探っています。 
ソニア・リュボミアスキーは、カリフォルニア大学リバーサイド校の科学者で、精神的に健康で自分を幸福だと思っている人は次のような8つの行動をとる傾向があるとしています。

幸せになるために

・あなたの人生で起こった良い出来事を思い出すこと
・「ありがとう」を言って、感謝を示すこと
・周囲の人に親切にすること
・友達や家族と過ごす時間をとること
・あなたを傷つける人を許し、あなた自身についても許せるようになること
・健康に気をつけること
・今まさに起きていることが良いことであると気づくこと
・問題に対処できるようになること

このリュボミアスキーのリストを見たとき、その多くは私たちが英語の授業で使うトピックと同じだということに気づきました。例えば、「家族・友達」や「健康」は英会話の授業でよく使われるトピックです。
「思い出す」これは文法指導に使えます。過去を語るには過去形が必要だからです。「今まさに起きていることが良いことであると気づくこと」もまた文法と関係があります。現在形、または現在進行形が使われるからです。

 

「感謝すること」と「許すこと」は言語機能 (ある特定の目的のために使われる型や表現) と関連します。そこで考えました。同じような事をしているのだから、これらを話題にすれば学生が本気で取り組めるような教室活動にできるチャンスだ、と。

 

なぜ、幸福感なのか

なぜ 教室での活動に幸福感が関わるのでしょう。もちろん、誰もが幸せになりたいと思っているのですが、幸福な状態にある人はより多く学ぶことが研究からわかっています。学習課題に長い時間、熱中して取り組むからです。であるなら、ポジティブ心理学の考え方を生かして学生の学びをより豊かにしたい。幸福感を増し、学習目標をより明確にした活動を行いたいと考えました。当然の帰結です。

 

まずこの考え方を学生同士のディクテーション(人の話した言葉を書き取る作業)で導入しました。それぞれの学生が「幸せになるために」のリストにある項目ひとつの書かれた紙を受け取ります。学生たちはこの紙を持って教室内を歩き回り、自分の項目を言って他の学生に伝え、逆に他の学生たちにも残りの文章を言ってもらい書き取ります。このようにして8項目すべてを集めたら、それらについて話し合い、また、これらの考え方を利用した英語の練習に日常的に取り組みます。

 

世界に感謝しよう

簡単な例を紹介しましょう。理由を述べて感謝を表現するという学習活動です。いくつの異なる言語で「ありがとう」が言えますか? なぜその文化や国に感謝したいと思うのですか? 

 

Iwant to say (ありがとう) to  (国)  for  (理由) .

いくつ文章を完成させられますか?

 

学生たちは次のような文章を作ってきます。

I want to say “grazie”to Italy for pizza.
(私はピザを作ってくれたイタリアにありがとうと言いたいです。)

I want to say “gamsahabnida” to Korea for K-pop!
(私はK-popを生んでくれた韓国にありがとうを言いたい!)

I want to say “thank you” to America for Johnny Depp.
(私はジョニー・デップを生んでくれたアメリカにありがとうを言いたいです。)

 

あなたなら他にどのようなものを思いつきますか?

今日起きた3つの良いこと

今日の出来事で、良かったと思える事は何でしょう? どうしてですか? 2つ目の質問は、どうして良い事だと言えるのか、に答えても良いですし、なぜその良い事が起こったと思うかでも構いません。

これを一週間続けるよう指導します。英語学習の観点からは「なぜ」に答える事が良い練習になるのです。同時にポジティブ心理学の観点からは、日常の中に散在する良い出来事に気付かせているわけです。授業ではペアでこの活動を行い、お互いの良い経験について話し合います。

 

Wh-疑問文(だれが・いつ・どこで・どのように・なぜ)を使って良い出来事について質問し合います。質問したり答えたりする活動ですが、これは「積極的建設的応答」と呼ばれ、この活動の中でポジティブな感情を繰り返して経験します。
このポジティブな感情を繰り返すという経験こそが、私たちをより幸福にしてくれるのです。

ここで重要で興味深い事実をお伝えします。この活動を一週間毎日欠かさず続けた人は、半年間ポジティブな気持ちを持ち続けることができるというのです。良い事に気付く習慣が身に付くからです。人生では良い事も悪い事も起こるわけですが、ポジティブなことに気付きそれを思い出すことが、ポジティブな感情を経験する機会を増やす事になるからです。

 

さらに、ポジティブ心理学は俗に言うポジティブな思考のススメとは異なります。ポジティブな思考は人生哲学のようなものですが、ポジティブ心理学は科学であり、研究に裏打ちされています。ネガティブな感情を否定するものではありませんが、それらをを乗り越えポジティブな気持ちを高めようというものです。

 

前に書いたように、ディクテーションという教室での学習活動を使ってポジティブ心理学を導入します。その後一年を通じて、通常の学習活動に加え、ポジティブ心理学に基づいた多様な英語学習活動を行っています。あの8項目に立ち返ることもあります。時には、学生にこの考え方について英語で俳句を書いてもらうこともあります。最後に、特に気に入っている句をふたつ紹介します。

 

Whatever happens.         (なにがあっても
Don‘t be afraid. Keep going.    恐れないで 進み続けよう
We are living now.           私たちは今を生きているのだから)
- Kaede O.

 

The day won’t come back.      (その日は二度と戻ってこない
Think about today’s good things. 今日の良かったことを考えよう
Open a new door.            そして新しい扉を開こう)
- Akari T.

 

マーク・ヘレガスンは国際文化学科の教授です。
英語学習に関して150にも上る著書や教科書・論文を執筆しています。15ヶ国以上で招待講演を行ってきました。インターネットには以下のホームページを開設しています。
/www.ELTandHappiness.com

 

ところで、幸せな人は感謝する事を忘れないものです。
翻訳を手伝ってくれた学生の岩川咲也さん、「ありがとう。」